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2016年1月30日 (土)

1月24日「派遣される弟子たち」一日修養会

イエスは十二人の弟子を呼び寄せ、汚れた霊に対する権能をお授けになった。汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いをいやすためであった。十二使徒の名は次のとおりである。まずペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレ、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネ、フィリポとバルトロマイ、トマスと徴税人のマタイ、アルファイの子ヤコブとタダイ、熱心党のシモン、それにイエスを裏切ったイスカリオテのユダである。(マタイ10:1~4)
 一日修養会で教会のありかたについて学び考えます。まず、主イエスが弟子たちをどのように導いたか学びましょう。
 主イエスご自身の働きが、9章35節以下に記されます。しかし、福音を宣べ伝え病気やわずらいを癒す主の働きを共にする働き手が足りません。主は弟子たちに、働き手が送られることを願うよう促しました。
 主のわざのための働き手が足りないのは、いま私たちが直面する状況です。私たちも「働き手を送ってください」と願います。
 ところが主は、そのように願う弟子たち自身を、ご自分のわざを共に担う働き手としました。権能を与えて使徒とし、「天の国は近づいた」と宣べ伝え(7節)、癒しを行うため(8節)に派遣したのです。
 しかし、主のわざはそれだけではありません。なにより、十字架の苦難こそが主キリストのわざでした。弟子たちは、やがてその苦難をも負うことになります(16節以下)。教会は、主のわざにたずさわり、そして苦しみや悩み、困難や重荷を負うことによって、主の教会となっていくのです。
 それは容易なことではありませんが、二つの励ましを聞きましょう。
 まず、弟子たちは二人ずつ組にされたことが示されています(2~4節)。わたしたちは、ひとりひとりばらばらに派遣されるのではなく、働きや苦難を共にするパートナー、仲間を引きあわされ、組み合わされ、補いあい、支えあって歩むものとされるのです。
 そして、弟子たちに派遣の指図を与えた主イエスは、その後、まずご自身が出発していかれました(11:1)。派遣される私たちに先立って、主は働きを始めているのです。先立って行かれる主の後に、恐れずに従っていきましょう。

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