« 北部日記 1月24日 | トップページ | 12月27日 「原点に戻って」 »

2016年1月27日 (水)

12月20日  「その名はインマヌエル」 クリスマス礼拝 

 イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。 「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。(マタイ1:18~23)

 マタイ福音書の冒頭の系図には神の民イスラエルの興亡が表されています。ダビデ王とその子孫の王たちの名前がありますが、王国は滅亡して子孫は没落、ついに貧しい村大工の「マリアの夫ヨセフ」にまで落ちぶれてしまいました。系図には過去の栄光と共に、現在の苦悩と絶望が示されています。
 ヨセフ個人の人生もまた、婚約者マリアの妊娠という苦悩と絶望に落ちこみました。マリアは自分を裏切ったのでしょうか。それでもマリアが不貞の女として裁かれるのはしのびないことでした。かといってこのまま結婚生活に入る気にもなれません。ひそかに離縁を決意しましたが、それはこれまで思い描いてきた将来を捨てることでした。希望を失い、苦しみに沈んだのです。
 しかし、そこに神からのメッセージが告げられ、ヨセフは婚約者の妊娠という理不尽な現実を神のもたらしたものとして受けとめました。このとき示された「イエス」という名は「主は救い」という意味とされます。苦悩の中のヨセフにとって、「この子は神の子だ」と信じることは、まさしく救いとなったのです。
 福音書をまとめたマタイは、このできごとは預言(イザヤ書7章)の実現であったと述べています。預言者イザヤは、周囲の諸国と対立して苦悩と恐れの中にある王に対し、「神は我々と共におられる」と告げ、苦しくつらい状況の中でも神を信頼するよう戒めました。苦悩と不安と恐れに囲まれるような現実をも受けとめ、耐えるとき、そこから神のみわざがはじまっていくのです。
 「インマヌエル 神は我々と共におられる」とは、亡くなったF宮さんが大切にしていたことばです。病に苦しむ現実をしっかりと受けとめ、神に信頼した信仰の生涯でした。今日、夫のS雄さんが「主は救い」と信じ洗礼を受けられます。これらのことがおこったのも「インマヌエル」の実現です。苦悩やつらさの中でも、神が私たちと共におられると心に刻みます。

« 北部日記 1月24日 | トップページ | 12月27日 「原点に戻って」 »

説教要旨」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/520602/63129119

この記事へのトラックバック一覧です: 12月20日  「その名はインマヌエル」 クリスマス礼拝 :

« 北部日記 1月24日 | トップページ | 12月27日 「原点に戻って」 »