« 北部日記 2月21日 | トップページ | 28日礼拝 »

2016年2月20日 (土)

2月14日 「うしろにつく」

このときから、イエスは、御自分が必ずエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、三日目に復活することになっている、と弟子たちに打ち明け始められた。すると、ペトロはイエスをわきへお連れして、いさめ始めた。「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません。」イエスは振り向いてペトロに言われた。「サタン、引き下がれ。あなたはわたしの邪魔をする者。神のことを思わず、人間のことを思っている。」それから、弟子たちに言われた。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」(マタイ16:21~24)

 主イエスが「あなたがたはわたしを何者だというのか」と問うと、ペトロは「あなたはメシア、生ける神の子」と答えました(16節)。しかし、ペトロが思い描いていたのは、神の力をふるってたちまち悪を退け、理想の支配をうち立てる英雄としてのメシアでした。だから、主イエスがご自身の十字架の死について語り始めたとき、黙っていられずにいさめはじめたのでした。
 しかし主イエスは「サタン、引き下がれ、あなたはわたしの邪魔をする者」と叱ります。「引き下がれ」の直訳は「わたしのうしろに行け」です。「サタン」とはぎょっとする言い方ですが、聖書では「誘惑する者」「間違った道に導く者」というニュアンスです。また「邪魔をする者」とは「つまずき」「つまずかせる者」「妨げ」「誘惑」という意味の語です。十字架に向かおうとする主イエスの前に立ちはだかってその歩みを邪魔し、誘惑して違う道に導こうとするのではなく、主のうしろに行け、と言うのです。
 それから主は、弟子たちに「わたしについて来たい者・・・わたしに従いなさい」と言われました。苦難に向かう主の前に立ちはだかるのではなく、うしろにつくようにと促し、求めたのです。
 私たちも、主イエスが苦難の道を歩むとき、その歩みを理解せず、納得せず、かえって前にたちふさがって別の道へ促そうとしてしまうのです。
 『嵐の中の教会』という小説には、ナチス支配が進む中、力をふるって理想の支配をうち立てると見えたナチスに期待し協力する教会指導部と、それに反対し、みことばによって苦難の主のうしろに従った教会の信徒と牧師の姿が描かれています。
 主の前に立ちはだかって邪魔をしたペトロも、やがて苦難の主に従う者とされました。わたしたちも十字架の主のうしろにつく者とされるでしょうか。

« 北部日記 2月21日 | トップページ | 28日礼拝 »

説教要旨」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/520602/63240584

この記事へのトラックバック一覧です: 2月14日 「うしろにつく」:

« 北部日記 2月21日 | トップページ | 28日礼拝 »