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2016年3月19日 (土)

3月13日 「まだ終わりではない」

イエスはお答えになった。「人に惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがメシアだ』と言って、多くの人を惑わすだろう。戦争の騒ぎや戦争のうわさを聞くだろうが、慌てないように気をつけなさい。そういうことは起こるに決まっているが、まだ世の終わりではない。民は民に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に飢饉や地震が起こる。しかし、これらはすべて産みの苦しみの始まりである。そのとき、あなたがたは苦しみを受け、殺される。また、わたしの名のために、あなたがたはあらゆる民に憎まれる。そのとき、多くの人がつまずき、互いに裏切り、憎み合うようになる。偽預言者も大勢現れ、多くの人を惑わす。不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。そして、御国のこの福音はあらゆる民への証しとして、全世界に宣べ伝えられる。それから、終わりが来る。」  (マタイ24:4~14)


 東日本大震災が起こって5年がたちました。見えるところでは復興の進むところもありますが、あの時のままに残されているものもあります。多くの人の心の中にも、痛みや傷があのときのままに残されています。
 いっぽう、苦難は今も進行中です。「震災」は、あの3月11のできごとなのではなく、あの日から始まった、ともいえるのです。
 むごいのは、被害にもくっきりとした格差や隔てがあることです。とくに、原子力発電所の事故に関して深刻です。何が起こっているのか、どうすればいいのか、何もかあやふやで、見えてこず、わからず、人によって受けとめ方や考え方が違います。そのことが人を隔て、引き裂き、対立や孤立をもたらしています。
 5年は決して短い時間ではありません。しかし、これで何かが終わったわけでも、過ぎ去ったわけでもないのです。つらく厳しい現実は、いつまで続くのでしょうか。
 主イエスは、その時代について厳しい見通しを告げました。当時のつらく厳しい時代の中で、人々は救い主メシアが現れて一挙にことを解決し救ってくれるという期待と願望を抱いていました。しかし、主イエスは、「まだ世の終わりではない」「産みの苦しみの始まり」と厳しく告げたのです。
 しかしそれは、神の力が及ばないということではありません。「御国の福音」、つまりこのつらい時代のただなかでも神が支配されておられるという知らせが証しされていくのです。「終わり」とは「完成」を意味します。山浦玄嗣さんは「仕上げ」と訳しました。この厳しい時代も、神が支配し、みわざの仕上げのときにむけてことを進めておられます。この時代を、仕上げに至るまで歩んでいく励ましと希望を求めて祈りましょう。
 

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