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2016年4月17日 (日)

4月10日 「その時は近い」

イエス・キリストの黙示。この黙示は、すぐにも起こるはずのことを、神がその僕たちに示すためキリストにお与えになり、そして、キリストがその天使を送って僕ヨハネにお伝えになったものである。ヨハネは、神の言葉とイエス・キリストの証し、すなわち、自分の見たすべてのことを証しした。この預言の言葉を朗読する人と、これを聞いて、中に記されたことを守る人たちとは幸いである。時が迫っているからである。(黙示録1章1~3節)
 教会は、これからいっそう厳しく困難な時代に直面するでしょう。けれども、これまで2000年の間にキリスト教会は何度も厳しい時代をくぐりぬけてきました。そういう厳しい時代のただなかで書き記されたのが「ヨハネの黙示録」です。しばらく、この書物を読んでいきます。
 「黙示録」には、ふしぎな生き物や、スペクタクルのようなできごとが記され、なかなかなじみにくいかもしれません。しかし、当時はこういうジャンルの書物はいくつもあり、そのひとつとしてキリスト教信仰にもとづいて書かれたのがこの「ヨハネの黙示録」です。
 著者ヨハネが何者か、さだかではありませんが、信仰のゆえにパトモス島に島流しにされ(9節)、そこで見た幻を各地の教会に書き送ったのです。著者は、この書物を「預言」と称し、神から示されたメッセージとして、教会の集まりのなかで朗読されることを期待しています(3節)。
 「ヨハネの黙示録」は、キリスト教信仰が処罰の対象となるような厳しい時代に、そういう困難の中にある教会にあててわざわざ書き送られた書物です。たまたま見たふしぎな幻を個人的に書きとめたものでも、内面的な瞑想の記録でもありません。同じ時代、同じ苦難の中にある兄弟姉妹に向けて、はっきりとしたメッセージを込めて意図的に書き送られたものです。 
 そのメッセージのポイントのひとつは、「時が迫っている」(3節)ということです。「時」とは、「だいじなことが起こるその時」というニュアンスです。また「迫っている」とは「近づく」という意味です。ヨハネは、困難の中の教会に「その時は近い」と示しました。いま直面している苦難以上にだいじなこと、神の勝利とキリストの支配がもたらされるその時は近い、と励ましたのです。今この時代の中で、黙示録のメッセージに耳を傾けましょう。

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