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2016年5月 7日 (土)

5月1日 「貧しいけれど豊か」

スミルナにある教会の天使にこう書き送れ。『最初の者にして、最後の者である方、一度死んだが、また生きた方が、次のように言われる。「わたしは、あなたの苦難や貧しさを知っている。だが、本当はあなたは豊かなのだ。自分はユダヤ人であると言う者どもが、あなたを非難していることを、わたしは知っている。実は、彼らはユダヤ人ではなく、サタンの集いに属している者どもである。あなたは、受けようとしている苦難を決して恐れてはいけない。見よ、悪魔が試みるために、あなたがたの何人かを牢に投げ込もうとしている。あなたがたは、十日の間苦しめられるであろう。死に至るまで忠実であれ。そうすれば、あなたに命の冠を授けよう。耳ある者は、“霊”が諸教会に告げることを聞くがよい。勝利を得る者は、決して第二の死から害を受けることはない。」』 黙示録2章8~11節
 スミルナの町をとりまく山の上の壮麗な神殿のたたずまいは「スミルナの冠」とよばれていました。スミルナは政治的には親ローマの伝統があり、またユダヤ人も多く居住していました。
 ここにキリスト教会ができたいきさつは不明ですが、教会が直面していた「苦難と貧しさ」という困難が示されています。ローマの皇帝崇拝が盛んな町で、ユダヤ人からの非難にもさらされ、また実際に貧しかったのでしょう。身分の低い、貧しい者たちが集う、小さな群れだったと推測されます。
 しかし、キリストは、その教会の困難を知っている、よくわかっている、というのです。そして、その苦難と貧しさの中の教会こそ、ほんとうは豊かなのだ、と断言するのです。
 先週、教区の総会で各地の教会の状況をわかちあいました。人数が減り、財政的にも困難となり、牧師を迎えられない教会が増えています。それでも、せいいっぱいに工夫し、また助け合い、ゆたかな信仰の働きと体験を重ねていることがあちこちから報告され、励まされるひとときでした。
 けれども、そういう豊かさが、すべての困難を解消するわけではありません。スミルナの教会には、これからさらに苦難が襲うことが告げられ、「死に至るまで忠実であれ」と励まされています。「死に至るまで」とは、単純に「一生の間」ともとれますが、「たとえ殺されることになっても」という厳しく厳粛な戒めでもあります。実際、黙示録から数十年のち、スミルナの教会の指導者だったポリュカルポスという人の殉教の死が伝えられています。
 わたしたちも、小さな貧しい群れとして、今の時代の厳しさに直面しています。今また「あなたはほんとうは豊かなのだ」「恐れてはいけない」との戒めを受けとめ、「スミルナの冠」にまさる「命の冠」を望み見ましょう。

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