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2016年5月28日 (土)

5月22日 「巻物を開く者」

またわたしは、玉座に座っておられる方の右の手に巻物があるのを見た。表にも裏にも字が書いてあり、七つの封印で封じられていた。また、一人の力強い天使が、「封印を解いて、この巻物を開くのにふさわしい者はだれか」と大声で告げるのを見た。しかし、天にも地にも地の下にも、この巻物を開くことのできる者、見ることのできる者は、だれもいなかった。この巻物を開くにも、見るにも、ふさわしい者がだれも見当たらなかったので、わたしは激しく泣いていた。すると、長老の一人がわたしに言った。「泣くな。見よ。ユダ族から出た獅子、ダビデのひこばえが勝利を得たので、七つの封印を開いて、その巻物を開くことができる。」  黙示録5章1~5節
 黙示録に記された、ふしぎな、また恐ろしげな場面を理解するためには、当時の日常生活や、社会の大小さまざまなできごと、とくに教会にかかわるできごと、さらに旧約聖書の知識が必要です。黙示録を読むとき、旧約聖書に通じている人なら、いちいち旧約聖書の場面やことばを連想し、その意味に気づくでしょう。
 4章には、天の玉座の場面が描かれます。天の玉座についているのは、もちろん、神ご自身です。その手には封印をした巻物がありました。封印をした巻物を権限のないものが勝手に開封することは許されません。神の手にある巻物は、このままでは中に何が書いてあるのか、つまり、神が何を考え、なそうとしているか、何を命じておられるのか、知ることができません。みこころがまったくわからないために、ヨハネは「激しく泣いた」(4節)のでした。
 巻物の封印を解く、つまり、神のみこころを示してくださるのは、「屠られた子羊」つまり十字架で殺された御子キリストにほかなりません。キリストを通してのみ、わたしたちは神のみこころ、メッセージを示されるのです。
 ところが、キリストが封印を解いて神のメッセージを明らかにしていくとき、そこには次々と恐ろしい場面が展開します。戦争、飢饉、地震、噴火といったこれらの場面は、しかし、当時の教会が直面していた現実に他なりません。さらにまた、これらはかつてイスラエルが解放される直前にエジプトを襲った災いを連想させます。つまり、キリストによって示される神のメッセージは、目の前の厳しくつらい現実の中に神のみこころがあらわされていること、それは解放と救いが近いことのしるしであることだったのです。
 私たちも、キリストを通し、つらい現実の中に希望のメッセージを示されるでしょうか。

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