« 北部日記 5月15日 | トップページ | 北部日記 5月22日 »

2016年5月20日 (金)

5月15日ペンテコステ礼拝「預言の霊」

それから天使はわたしに、「書き記せ。小羊の婚宴に招かれている者たちは幸いだ」と言い、また、「これは、神の真実の言葉である」とも言った。わたしは天使を拝もうとしてその足もとにひれ伏した。すると、天使はわたしにこう言った。「やめよ。わたしは、あなたやイエスの証しを守っているあなたの兄弟たちと共に、仕える者である。神を礼拝せよ。イエスの証しは預言の霊なのだ。」  黙示録19章9~10節
 主イエスは、弟子たちに「あなたがたの上に聖霊が降ると・・・わたしの証人となる」と告げていました(使徒1:8)。はたして、ペンテコステの日に聖霊が降ると、弟子たちは聖霊によって語り始めます。そのとき、弟子たちを代表してペトロが語った説教は「ナザレの人イエスこそ、神から遣わされた方」と始まり、「イエスは、神は主とし、またメシアとなさった」と締めくくられるものでした(使徒2:22~36)。イエスこそ主であり救い主であると証したのです。
 語るにあたり、ペトロは始めに旧約聖書からヨエル書を引用し、主イエスを証して語ることは「預言」であるとしています。「イエスは主」と語るのは、聖霊の力による預言、つまり神が語らせるメッセージなのです。
 黙示録19:10に、「イエスの証は預言の霊」という句があります。神からのメッセージをおごそかに告げた天使を、ヨハネが思わず拝もうとすると、天使はそれをやめさせます。「あなたやあなたの兄弟たちは、『イエスは主』との証を守っているではないか。それはつまり、天使と同じく預言の霊を与えられているということなのだ。だからあなたがたも天使と同じ立場で神に仕えているのであり、天使を拝むことはない」というのです。苦難や困難の中で、なお「イエスは主」と明らかにするのは、預言の霊、聖霊の働きにほかならないのです。
 かつて、戦争中の困難な時代、札幌在住の無教会の信仰者、浅見仙作は、信仰にもとづく言動によって捕えられ、不当な裁判で治安維持法違反として有罪の判決を受けました。大審院に上告した裁判で、浅見仙作は、なお「イエスは主」との信仰を明らかに語り、無罪の判決をかちとりました。苦難の時代、弾圧の中でイエスの証をなしたのは、「預言の霊」だったでしょう。
 ペンテコステのできごとを思い起こします。今この時代に、わたしたちにも「預言の霊」が注がれることを願い信じましょう。

« 北部日記 5月15日 | トップページ | 北部日記 5月22日 »

説教要旨」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/520602/63660008

この記事へのトラックバック一覧です: 5月15日ペンテコステ礼拝「預言の霊」:

« 北部日記 5月15日 | トップページ | 北部日記 5月22日 »