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2016年7月17日 (日)

北部日記  7月17日

 このごろ、「忖度(そんたく)する」という、ちょっと難しい語を聞くことがあります。辞書には「他人の心中をおしはかること」とありますが、ニュアンスとしては「目上の人の考えを察して、その意にかなうようにふるまう」というような意味で用いられているようです。
 福島第一原発の事故に際し、初期対応にあたった東京電力の責任者たちが、政府首脳の言動からその考えを勝手に「忖度」して、命じられてもいないのに現場の担当者を交代させたり、情報を隠したりしたと聞きました。「忖度」したほうは、自分は上の人の意に従っただけだと、責任を感じません。されたほうもまた、自分が命じたわけではない、と責任を負いません。「忖度」が無責任をもたらします。
 いま、むしろ若い世代の人たちが、必死に「忖度」しているようにみえます。人の心中を察してそれに従うのが当然とされ、そうしないと「空気が読めない」と非難されるのです。そうなってしまっているのには、学校教育の責任が大きいと考えています。今の教育の方向も手法も、けっきょくのところ「正解をおしはかって、それにかなうようにふるまう」訓練にすぎないように思えるのです。
 若い世代の政治意識などがかえって保守的な言動になじんでいるようにみえるのも、こうした「忖度」の結果のように思えます。まわりの権威に身を寄せ、その意を受けてふるまう以外の生きる道を教えられてこなかったのではないでしょうか。自分で考え、自分の決断で行動する「自由」を、先の世代が示すことができなかった責任は重いのです。わたしたちは「忖度」からみずからを解放しなければなりません。

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