« 7月24日 北部日記 | トップページ | 北部日記 7月31日 »

2016年7月28日 (木)

7月24日 「海の岸で」

わたしはまた、天にもう一つの大きな驚くべきしるしを見た。七人の天使が最後の七つの災いを携えていた。これらの災いで、神の怒りがその極みに達するのである。わたしはまた、火が混じったガラスの海のようなものを見た。更に、獣に勝ち、その像に勝ち、またその名の数字に勝った者たちを見た。彼らは神の竪琴を手にして、このガラスの海の岸に立っていた。彼らは、神の僕モーセの歌と小羊の歌とをうたった。
「全能者である神、主よ、/あなたの業は偉大で、/驚くべきもの。諸国の民の王よ、/あなたの道は正しく、また、真実なもの。主よ、だれがあなたの名を畏れず、/たたえずにおられましょうか。聖なる方は、あなただけ。すべての国民が、来て、/あなたの前にひれ伏すでしょう。あなたの正しい裁きが、/明らかになったからです。」 (黙示録15章1~4節)
 黙示録16章の「7つの鉢の災い」の場面に先立って、15章では海の岸で人々が讃美する場面が描かれます。この人々は、13章に出てきた「獣」つまり当時のローマ帝国という強大なこの世の支配者に屈しなかった人々です。彼らは、「神の僕モーセの歌と子羊の歌」を歌うのです。
 この情景は、明らかに、かつての出エジプトのできごとを踏まえています。この後の「7つの鉢の災い」の多くも、出エジプト記に記されたエジプトの災いに重なります。黙示録は、当時の教会をとりまく厳しい状況を、出エジプトのできごとに重ね、「災いが次々に襲ってくる。しかし、この災いこそは解放と救いの前ぶれなのだ」と告げているのです。
 昔、災いに苦しめられたエジプトの王は、ようやくイスラエルの民を解放しましたが、思いなおして軍を率いて追跡しました。イスラエルの民は海の岸に追い詰められ、絶体絶命の危機にさらされます。しかし、そこで神のみわざによってイスラエルは救われ、王の軍勢は滅ぼされたのでした。先がふさがって逃げ場のない「海の岸」が、神の救いがもたらされ解放と平和へ新しく生きる道へ導かれるところとなったのです。
 さて、黙示録16章12~16節では、ローマ帝国に外敵が迫る危機が示されていますが、17節以下には、人間の戦争によってではなく、神の力によってローマが崩壊することが示されています。黙示録は、ローマの支配の絶頂の中で、その崩壊を見通しているのです。
 今も、権力はその絶頂で力をふるい、しいたげられ苦しめられている人々は、いっそう追いつめられているようです。災いは、これからまだまだ続くのでしょうか。それでも、その海の岸で、絶望の淵に救いの道が開け、権力に勝った人々は神をたたえて歌うと、黙示録は示しているのです。

« 7月24日 北部日記 | トップページ | 北部日記 7月31日 »

説教要旨」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/520602/63980176

この記事へのトラックバック一覧です: 7月24日 「海の岸で」:

« 7月24日 北部日記 | トップページ | 北部日記 7月31日 »