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2016年10月 8日 (土)

10月2日 「みことばを食べる」世界聖餐日

あなたの御言葉が見いだされたとき
わたしはそれをむさぼり食べました。
あなたの御言葉は、わたしのものとなり
わたしの心は喜び躍りました。
万軍の神、主よ。
わたしはあなたの御名をもって
呼ばれている者です。
(エレミヤ15章16節)
 聖餐は「見えるみことば」といわれます。パンと杯という物と、祈って分け合い食べるという行為によって神のみこころを示し、福音を伝えるものだからです。聖餐にあずかることは、いわば「みことばを食べる」ことです。
 エレミヤは、みことばを「むさぼり食べる」と表現しています。エレミヤは非常に深い苦悩の中にありました(15章10節、15節)。そのなかで必死に神を尋ね求めたエレミヤに与えられたのが「みことばをむさぼり食べる」という体験だったのです。
 苦悩や嘆きのなかで、みことばに出会い、それが心に響きまた迫ってくることがあります。これまで知らなかった聖書の句を知ることもありますが、何度もきいていたことばが新しい意味をもって聞こえてくることもあります。そうやってみことばをむさぼり食べ、それが「わたしのものとなり、わたしの心はよろこび躍りました」という体験を味わうのです。
 体は食べ物によって作られます。質の良い食べ物で身体を作らなければなりません。同様に、わたしたちの精神はことばによって養われ形作られます。悪いことばではなく、みことばを食べるとき、わたしたちの精神は命の力を与えられ、生かされます。エレミヤに与えられたみことばは、エレミヤを「堅固な青銅の城壁」(20節)へと形作って行きます。みことばによって苦難や試練に耐えうる信仰と精神がつちかわれていくのです。
 エレミヤに先立つ預言者アモスは、みことばが失われ、みことばに飢える危機を警告しました(アモス8:11~12)。今こそみことばを食べ、養われなければなりません。
 今、世界中で、苦悩や危機の中、みことばを求め、むさぼり食べようとしている兄弟姉妹とともに、命の糧、見えるみことばを食べましょう。

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