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2017年1月14日 (土)

1月8日 「友の信仰」

数日後、イエスが再びカファルナウムに来られると、家におられることが知れ渡り、大勢の人が集まったので、戸口の辺りまですきまもないほどになった。イエスが御言葉を語っておられると、四人の男が中風の人を運んで来た。しかし、群衆に阻まれて、イエスのもとに連れて行くことができなかったので、イエスがおられる辺りの屋根をはがして穴をあけ、病人の寝ている床をつり降ろした。イエスはその人たちの信仰を見て、中風の人に、「子よ、あなたの罪は赦される」と言われた。   (マルコ2章1~5節)
 主イエスが話をしている最中、とつぜん天井が破られて病人がつりおろされてきました。大騒ぎの中、主イエスは、病人に「あなたの罪は赦される」と宣言されたのです。
 長年の病と、それに関連してさまざまな人生の苦悩を負ってきた方が、ふと「私が罪深いから、神さまに裁かれてばちがあたったのかと思ってしまいます」とつぶやかれました。病の苦しみは、身体の痛みや不自由だけではありません。自分が悪いのではないか、自分が生きてきたことはけっきょく罪だった、神さまから人生に失格をいいわたされた、自分の人生はだめだったのだ、生きていてもしかたがない、という深い絶望がもたらされます。
 しかし、主イエスは病人にきっぱりと「罪は赦される」と宣言されました。「あなたの人生はけっしてだめではない、あなたにはこれからがある、これから生きていっていいのだ」という宣言です。そして主イエスは、病を癒し、そのことばを現実のものとしてくださったのでした。
主イエスは、病人を連れてきた人々の信仰をみて、罪の赦しを宣言されました。「イエスさまならこの人をなんとかしてくださる」という一途な思いで連れてきた友の心を、信仰として受けとめ、かえりみてくださったのです。
 自分自身は絶望して動けず、主のもとに近づくことさえできなくても、そんな自分を主イエス・キリストはなんとかしてくださると願い信じる友がいて、そういう友の信仰を、主がかえりみてくださるとしたら、どうでしょうか。わたしたちは、そんなふうに互いのためにとりなし、祈り、ささえあう交わりの中にあります。それが教会です。友の信仰のゆえに、これからなお生きる希望が主から与えられるのです。そして誰よりも主イエス・キリストご自身が、そのような友となってくださっているのです。

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