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2017年3月

2017年3月26日 (日)

北部日記 3月26日

 ちょうど50年前の1967年3月26日は、イースターでした。この日の日付で、日本基督教団は「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」を発表しました。終戦から22年後のことでした。
 戦争を遂行するにあたり、政府はあらゆる分野を通して国民を統制しようとしていました。宗教に関しても1939年に「宗教団体法」を成立させて宗教教団・団体の管理を強め、それによって1941年にはプロテスタントの諸教派・団体・教会が「日本基督教団」に統合されます。以後、「日本基督教団」の名のもとに戦争体制への協力が実施されていきました。戦争のために献金・物資を集め人を動員したりするだけでなく、神社に参拝し、天皇を拝み、勝利を祈り、戦闘意欲を鼓舞しました。1944年のイースターには「日本基督教団より大東亜共栄圏に在る基督教徒に送る書簡」を公表し海外のキリスト者に日本軍への協力を要求したのでした。
 戦後の日本基督教団では、そうした戦争中のありかたを深く省みるよりも、むしろ「戦争中は圧迫を受けた被害者だった」という意識が強く、戦争中の指導者であいかわらず教団の重職をつとめ続ける人もいました。それに対し、反省と変革を求める若手の牧師たちが中心となって「戦争責任告白」が準備されます。発表後、教団ではこれをめぐって賛否の激しい議論が巻き起こりました。その影響は今も残っています。
 それでも、50年たった今、「戦争責任告白」はある程度は定着し、一定の評価も得ていると言えるでしょう。そして今もこの告白は、日本基督教団のありかた、そして日本の社会の歩みを問い続けているのです。

2017年3月19日 (日)

北部日記 3月19日

 きょうの礼拝には、札幌元町教会の高濱心吾牧師をお迎えします。札幌元町教会の信徒のMさんもおいでになり、「札幌元町教会宣教協力募金」についてお話しくださいます。
 札幌元町教会の教会員は30名に満たない規模ですが、牧師を迎えるため、3年近い無牧師の期間の間に基金を積み立てる努力をしてきました。2015年12月に、札幌北光教会から高濱心吾・高濱梨紗の両牧師を招聘し、新しい歩みが始まりました。若い牧師たちは地区・教区の働きも積極的に担い、とくに青年たちの活動にかかわって、元町教会もまた活気づいてきています。けれども、教会財政はなお厳しく、運営には年間多額の赤字と基金の取り崩しを前提としなければならない状況です。そのため、2016年度、はじめて「宣教協力募金」として年間100万円を目標に外部の協力を求めることとしたのです。
 わたしたち札幌北部教会にとって、元町教会は「おとなりの教会」であり、信徒どうしの行き来もさかんです。ぜひ協力したいと役員会で検討してきました。そして、まず一度、元町教会から牧師と信徒をお迎えして教会の声を聞き、みんなに献金をよびかけようと考えたのです。 
 「宣教協力募金」はこれから長く継続することが必要です。高濱先生を支える元町教会と共に歩むことは、わたしたちの教会にもさらに豊かな恵みをもたらすでしょう。今日の出会いをきっかけに、これからの取り組みについても考えていきましょう。

2017年3月18日 (土)

3月12日「終わりまで」東日本大震災記念礼拝

イエスがオリーブ山で神殿の方を向いて座っておられると、ペトロ、ヤコブ、ヨハネ、アンデレが、ひそかに尋ねた。「おっしゃってください。そのことはいつ起こるのですか。また、そのことがすべて実現するときには、どんな徴があるのですか。」イエスは話し始められた。「人に惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがそれだ』と言って、多くの人を惑わすだろう。戦争の騒ぎや戦争のうわさを聞いても、慌ててはいけない。そういうことは起こるに決まっているが、まだ世の終わりではない。民は民に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に地震があり、飢饉が起こる。これらは産みの苦しみの始まりである。 (マルコ13:3~8)
 6年前の大地震による津波、そして原子力発電所事故は、長くつらい苦しみの始まりでした。いわゆる「被災者」だけでなく、その何倍もの人々が、多かれ少なかれ、人生に影響を受けています。
 災害研究の専門家は、大きな災害の後の社会に起こることとして「社会の脆弱な面があらわにされ、攻撃される」「社会変動が加速する」「それまでの社会のあり方が問われる」と指摘しています。確かに、あの大震災の後、社会は大きく動いてきています。そのなかで社会の弱いところほど大きなダメージを受け、格差や過疎がいっそう進んでいます。この社会がどうなっていくのか、その中をどう生きるのか、問われています。
 マルコ13章で、主イエスは破壊や破滅の「しるし」「前兆」として、災害が起こり、社会の問題があらわにされていくことを告げました。それは「産みの苦しみの始まり」であり、そういう不安や怖れの厳しい時の中を、なお生きていかなければならないのです。
そういう時代を生きる姿勢として、「惑わされない(5節)」「慌てない(7節)」「自分のことを気をつける=自分を見つめる(9節)」ことが促されます。そして「最後まで耐え忍ぶものは救われる(13節)」と告げられます。「耐え忍ぶ」とは「とどまる」という語です。不安や苦しみの時代にも、惑わされず、慌てず、おちついて、日常生活の中で与えられた場面場面に誠実に向き合い、終わりまで逃げ出さず、投げ出さず、あきらめず、苦しみのときに向き合い続けるのです。
 主イエスはまた、「福音が宣べ伝えられねばならない(10節)」と断言します。困難な時の中、なお「神の国、神の支配は近い」との福音が証しされるのです。その福音を信じ、終わりまでの時を歩みましょう。

2017年3月16日 (木)

観劇会

太平子どもの家 観劇会
3月28日(火)11時から (開場10時45分)
劇団風の子北海道作品 「みんなでぬくぬく」
こども(3歳以上)200円 おとな400円

どなたでもおいでください。リンク: 札幌北部教会・太平子どもの家.

2017年3月12日 (日)

東日本大震災6周年記念礼拝の祈り(リタニー)

東日本大震災記念礼拝 祈り

<司会>  天の神さま 地に深い悲しみと厳しい痛みをもたらした東日本大震災から6年が過ぎました。どうか今、私たちの祈りに耳を傾けてください。    
 <会衆>  主よ、お聞きください。
<司会>  地震と津波によって、愛する人の命と、これまでの生活と、大切なものを失った人々が、嘆きとつらさを抱えています。  
 <会衆> 主よ、癒し、慰めてください。
<司会>  住まいと居場所、そして人々との交わりを失い、仮設住宅や移転先の住まいで、孤独を抱えたまま、将来を思い描くことができない人々がいます。    
 
 <会衆> 主よ、希望をお与えください。
<司会>  原子力発電所の事故は、今なお解決の道を見出すことができず、多くの人々が不安を抱え、生活や健康に深刻な影響を受け続けています。とくに子どもたちの健康と、そして心への負担を心配する親たちの思いは切実です。    
 <会衆> 主よ、お守りください。
<司会> いっぽうで、厳しい現実から目をそむけ、責任を問うことなく安直に安心を呼びかけ、見せかけの解決がはかられています。どうか、私たちが、たとえ厳しくても真実を追い求め、責任をもって必要な手立てを尽くし、安全を確保する道を見出すことができますように。    
 <会衆> 主よ、導いてください。
<司会> この苦難の中で、それでも生きようとしている人々がいます。被災した人々と地域を守り支えるために働いている人々がいます。被災地を覚えて祈り、また支援する人々がいます。どうか、必要な知恵と力が与えられ、それらの働きが支えられますように。   
 <会衆>  主よ、共に歩ませてください。
<司会> とくに、被災地に立つ諸教会のために祈ります。自分たちも深い傷と痛みを負いながら、その地に生きる人々と苦難を共に担って働き、祈り、とりなし、希望を求め続けています。   
 <会衆>  主よ、かえりみてください。
<司会>  どうか、私たちが、この苦難の中でなお、主イエス・キリストの十字架と復活によって示された希望に生きるものとされますように。互いに仕え、労苦を忍び、喜びを分かち合い、共に働くことができますように力を与えてください。     
  <会衆> 主よ、わたしたちを、あなたの平和を生きる神の民としてください。
<司会> 共にいてくださる命の主イエス・キリストの御名によって祈ります   
  <会衆> アーメン

北部日記 3月12日

 東日本大震災の発生から6年がたちました。復興が語られるいっぽうで、まだまだ支援の必要が指摘されています。しかし、これまで続けられてきた支援活動がしだいに下火になってきているのも現実です。
 日本基督教団では救援対策本部を設けて支援活動にあたってきましたが、これも今月末で活動を終了します。それにともない、教団が支援してきた東北教区の被災者支援センター「エマオ」も大幅に縮小されます。また、同じく東北教区の放射能問題支援対策室「いずみ」も、その活動を支えてきたアメリカの教会からの支援が終了して、やはり活動・組織が大きく縮小されることとなっています。
 「いずみ」は、これまで北日本三教区と共に親子短期保養プログラムを実施してきました。放射能汚染を逃れて北海道や沖縄で数日間すごす旅をこれまで10回行い、北海道では北部教会はじめ多くの教会・関係者が協力してきました。けれども、「いずみ」の改変により、この短期保養プログラムも従来のような形で継続するのは難しい状況です。それでも、予算・規模を大きく削ってでも、なんとか今年の夏にはまた北海道に迎えることができるよう、計画を立て始めています。
 一般の報道では、「復興」にスポットがあてられています。災害を乗り越えて歩んでいく努力と成果に敬意を払い、その喜びを共にしながらも、いまだにとりのこされている課題や、直視しづらい現実にも、向き合っていかなければなりません。なお軽減されないつらい重荷を、この社会全体で、担い続けていかねばならないのです。

2017年3月11日 (土)

3月5日 「仕えるために」

そこで、イエスは一同を呼び寄せて言われた。「あなたがたも知っているように、異邦人の間では、支配者と見なされている人々が民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。しかし、あなたがたの間では、そうではない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである。」 (マルコ10章42~45節)

 あんなにも人に尽くし神を愛した方が、なぜ十字架でむざんにも殺されなければならなかったのか、弟子たちにとっては深刻な問いとなりました。そしてようやく、「人の子は多くの人の身代金として自分の命を献げるためにきた」とのことばに思い至ったのです。人のために尽くしたのにもかかわらず十字架で殺されてしまった、というのではなく、人に仕えて生きたそのきわみ、たどりつくところこそ十字架だったのです。
 そういう生き方は、この世の価値観とはまったく異なります。皆に仕え、すべての人の僕として生きることこそ、ほんとうに価値ある生き方であることを、十字架にいたる主イエスの生涯は示しているのです。
 しかし、そんな生き方が、わたしたちにできるでしょうか。とても無理だとしりごみしてしまいます。
 ここでの主イエスのことばには前段があります。主イエスが受難を予告したのに、弟子たちはそれをまったく理解せず、なかでもヤコブとヨハネの兄弟は、主イエスが栄光を受けるときにはそのかたわらにおいてほしいと願い出たのです。意味もわからず、主の苦難の杯をいっしょに飲むことができるといいきる二人でした。主イエスは、二人が確かに苦難にあずかること、そうするのは神が定めることであることを告げました。
 十字架をまったく理解していなかった二人は、この後それぞれに主の苦難の道に従う歩みをたどることになりました。神は、この二人のみならず、わたしたちをも主の苦しみにあずからせることがおできになるはずです。
もしかしたら、すでにそういう苦しみにあずかっているのかもしれません。まわりの人のために労苦を負い、苦悩することがあります。人に仕えた主の十字架のかたわらに、わたしたち自身を見出すかもしれません。

2017年3月 5日 (日)

北部日記 3月5日

☆レント(受難節)に入りました。キリストの苦難をしのぶ期間ですが、教団の日課ではあえて「復活前第○主日」と掲げています。いまの世の矛盾や理不尽な社会に苦しみ痛むうめきに、主の負われた十字架が重ねあわされます。このつらく厳しい時代を、しかし、苦難を経て神のもたらす復活の希望に向かっていく「復活前」の時と信じるのです。
☆先週、とわの森三愛高校の卒業礼拝での説教に赴きました。礼拝に集まってきた700名以上の全校生徒はがやがやと騒がしく、先生たちがけんめいに「静かに!」と呼びかけます。けれども、礼拝が始まると、しんとなって耳を傾けてくれました。若者たちが、しっかりと心を確かに自分の道を進んでいくことを願い、神さまのはからいを信じる幸いを伝えたいと思いました。
☆きょうの礼拝後、青年会主催で二組の方々の結婚のお祝い会を行います。若い人たちの歩みをみんなで祝福しましょう。とくに、黒*さんはこの3月で札幌を離れて東京に戻ります。これまで歩みを共にしてくださった感謝をあわせてお送りしましょう。
☆19日の礼拝には説教者として札幌元町教会の高濱心吾牧師をお迎えします。札幌元町教会は、高濱心吾・高濱梨紗両牧師を招聘しましたが、教会財政は厳しく、今年度、各教会に「宣教協力献金」を呼びかけました。おとなりの教会としてどのように応えるか、役員会で相談してきましたが、この日、高濱牧師をお迎えするのにあわせ、献金をよびかけることとしました。ぜひお覚えください。

2017年3月 4日 (土)

2月26日 「信仰のない時代」

一同がほかの弟子たちのところに来てみると、彼らは大勢の群衆に取り囲まれて、律法学者たちと議論していた。群衆は皆、イエスを見つけて非常に驚き、駆け寄って来て挨拶した。イエスが、「何を議論しているのか」とお尋ねになると、群衆の中のある者が答えた。「先生、息子をおそばに連れて参りました。この子は霊に取りつかれて、ものが言えません。霊がこの子に取りつくと、所かまわず地面に引き倒すのです。すると、この子は口から泡を出し、歯ぎしりして体をこわばらせてしまいます。この霊を追い出してくださるようにお弟子たちに申しましたが、できませんでした。」イエスはお答えになった。「なんと信仰のない時代なのか。いつまでわたしはあなたがたと共にいられようか。いつまで、あなたがたに我慢しなければならないのか。その子をわたしのところに連れて来なさい。」人々は息子をイエスのところに連れて来た。霊は、イエスを見ると、すぐにその子を引きつけさせた。その子は地面に倒れ、転び回って泡を吹いた。イエスは父親に、「このようになったのは、いつごろからか」とお尋ねになった。父親は言った。「幼い時からです。霊は息子を殺そうとして、もう何度も火の中や水の中に投げ込みました。おできになるなら、わたしどもを憐れんでお助けください。」イエスは言われた。「『できれば』と言うか。信じる者には何でもできる。」その子の父親はすぐに叫んだ。「信じます。信仰のないわたしをお助けください。」  (マルコ9章14~24節)
 悪霊に取り付かれた子を、弟子たちは救うことができませんでした。「おできになるなら助けてください」と願う父親に、主イエスはきっとなって「『できれば』だと!」とむきなおり、「信じるものには何でもできる」と宣言します。父親はとっさに「信じます、信仰のない私をお助けください」と答えます。一連の緊迫したやりとりに、あきらめて信じなかった父親の心の根底に迫る主イエスの迫力が伝わってきます。それによって父親の姿勢がうち砕かれ、変えられます。そのとき霊は追い出されて子も父も救われたのです。
 それにしても、弟子たちにはなぜ、できなかったのでしょう。主イエスが高いところに行って不在の間、地上に取り残され、人々の期待に応えることができないでいる、非力で情けない弟子たちの姿に、教会の現実がかさなります。いま地上に残されている教会は、現実の世界の問題を解決するにはあまりに力乏しく、なすすべもないありさまです。「お弟子たちには、できませんでした」との批判の前に、うなだれるほかありません。
 しかし、主は、そのように求める人々のことを「なんと信仰のない時代なのか」と嘆くのです。世の人々は、問題の解決は求めても、信仰を求めようとはしません。関心があるのは「できるかどうか」「やってくれるかどうか」です。自分たち自身のありかたをかえりみ、問いなおそうとはしていません。
 あの父親もそういう信仰のない時代の一人でした。しかし、主イエスに迫られ、信じることを促されていったのです。
その後、主イエスは弟子たちに、祈ることを促します(28~29節)。何と祈ったらよいのでしょうか。「信仰のないこの時代に、それでも主よ、来てください」と祈るべきではないでしょうか。主イエス・キリストご自身との出会いこそが、信仰をもたらし、救いをもたらすのです。

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