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2017年6月24日 (土)

6月18日 「もうひとつの家族」

老人を叱ってはなりません。むしろ、自分の父親と思って諭しなさい。若い男は兄弟と思い、年老いた婦人は母親と思い、若い女性には常に清らかな心で姉妹と思って諭しなさい。身寄りのないやもめを大事にしてあげなさい。(テモテ一 5章1~3節)

 若い牧会者テモテは、年長の信徒との関係に苦労することがあったのでしょうか。1節に「老人を𠮟ってはなりません」とあります。「𠮟る」とは、「非難する」「きつくあたる」という意味で、厳しく対決する姿勢を示します。「父親と思って諭しなさい」の「諭す」は、「パラカレオー」という語です。聖書では、聖霊が、かばい、促し、導くことを表現するのにも使われています。よりそい、支える姿勢をあらわすといえるでしょう。
 私たちの教会でも、高齢に伴うさまざまな課題が目立つようになってきています。年配者に関わるとき、注意したり、𠮟ったり、とがめたりして対決するのではなく、よりそう姿勢が促されています。
 この手紙にはまた、当時の教会が具体的に高齢の仲間たちを支えていたことが記されています。「やもめを大事にしてあげなさい(3節)」とありますが、「大事にする」とは、尊重し敬う姿勢とともに、具体的に世話をして支えることも含んでいます。当時の教会は、身寄りのない、弱い立場の「やもめ」たちの生活の実際を支えることに取り組んでいたのです。
 教会は「神の家族」といわれます。ともするとそれは、ただ精神的な意味に留まってしまいがちですが、最初の教会は、実際の家族のように経済生活をも支えようとしていました。その点では、今の私たちの先を行っているといえます。教会の交わりは、実際の家族にとってかわるものではありませんが、家族の支えがない人にとっての、もうひとつの家族として支えあおうとしていたのでした。
 教会は、神の家族であり、わたしたちのもうひとつの家族です。私たちによりそってくださる聖霊による交わりを深め、高齢の人、身寄りがない人、弱い立場に置かれた人々を、大事にし、よりそうことを目指しましょう。

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