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2017年7月27日 (木)

7月23日 「聖書の力」

だがあなたは、自分が学んで確信したことから離れてはなりません。あなたは、それをだれから学んだかを知っており、また、自分が幼い日から聖書に親しんできたことをも知っているからです。この書物は、キリスト・イエスへの信仰を通して救いに導く知恵を、あなたに与えることができます。聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です。こうして、神に仕える人は、どのような善い業をも行うことができるように、十分に整えられるのです。 (テモテ二 3章14~17節)

 テモテの母は、ユダヤ人の慣習に従い、息子が幼い頃から聖書を教えていたようです。ただし、ここでいう「聖書」は、今日の「旧約聖書」のことです。 
旧約聖書にはもちろん、イエス・キリストは登場しません。しかし、「この書物は、キリスト・イエスへの信仰を通して救いに導く知恵をあなたに与えることができます」と述べられています。旧約聖書に、すでにキリストの救いへの道が備えられていると信じて読むよう促されているのです。
それは最初の弟子たちの体験でもありました。主イエスの十字架と復活という巨大なできごとに直面した弟子たちは、混乱と戸惑いと恐れの中で、必死にそのことを理解しようとしたことでしょう。そのとき、彼らも幼い日から親しんできた聖書(旧約聖書)の中に主イエス・キリストを指し示すことばを見出し、神のみこころを知り、キリストのできごとの意味を理解していったのです
さて、16節にも「聖書はすべて・・・」とありますが、これは「神の霊の導きの下に書かれた語句はすべて・・・」と訳すことができます。旧約聖書のほかにも、やがて使徒たちの手紙や福音書が、神の霊の導きの下に書かれたことばとして教会に認められ、「新約聖書」とされました。
この聖書が、「人を教え、戒め、正し、訓練する」とあります。聖書は、キリストを知らない人に信仰を教え、正し、導く力があります。しかし、もともとここで示されているのは、むしろ「神に仕える人(17節)」つまり信仰者のことです。
500年前、マルチン・ルターは「罪のゆるし」をめぐって聖書から与えられた信仰に立ち、当時の教会の権威やローマ教皇の支配を否定しました。プロテスタント教会の始まりです。聖書の力が、信仰者たちを、ルターを、教会を、教え、戒め、正し、義に導く訓練をもたらしました。聖書の力とはつまり、神の霊、神の力にほかなりません。私たちは、聖書の力によって立つのです。

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