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2017年10月14日 (土)

10月8日 「正解」

神は貧しい人を剣の刃から、権力者の手から救い出してくださる。
だからこそ、弱い人にも希望がある。不正はその口を閉ざすであろう。
見よ、幸いなのは神の懲らしめを受ける人。全能者の戒めを拒んではならない。彼は傷つけても、包み、打っても、その御手で癒してくださる。
六度苦難が襲っても、あなたを救い、七度襲っても災いがあなたに触れないようにしてくださる。
飢饉の時には死から、戦いの時には剣から助け出してくださる。
あなたは、陥れる舌からも守られている。
略奪する者が襲っても恐怖を抱くことはない。
略奪や飢饉を笑っていられる。
地の獣に恐怖を抱くこともない。
野の石とは契約を結び、野の獣とは和解する。
あなたは知るだろう、あなたの天幕は安全で牧場の群れを数えて欠けるもののないことを。
あなたは知るだろう、あなたの子孫は増え、一族は野の草のように茂ることを。
麦が実って収穫されるようにあなたは天寿を全うして墓に入ることだろう。
見よ、これが我らの究めたところ。
これこそ確かだ。よく聞いて、悟るがよい。
                         (ヨブ5章15~27節)

 災いにあって「死んだほうが幸いだ」と嘆くヨブを、友人エリファズは「しっかりしろ」と叱り(4:3~5)、「神は正しく、理由なく滅ぼすことはない。ヨブも、神から見れば決して正しいとはいえないはずだ(4:7、17)」とさとします。そして、「神は悪いことをした者を懲らしめることがあっても、それを癒し、救ってくださる。そうなれば君はもう大丈夫だ(5:17~18)」と教えます。つまり、「君は気付いていないうちに罪を犯したに違いない。神に願ってゆるしていただきなさい。きっと救ってくださるだろう」というのです。これは確かにエリファズの信仰から出た、「正しい答」には違いありません。それなのに、ヨブは激しく反発します。「それが悩んでいる友に言うことばか。いつ助けてくれなどと言ったか。いったい、何を言いたいんだ(6:14,22~25)」と、はねつけてしまうのです。
 私たちも、苦悩の友を何とか助けようとして、「正しい答」を示そうとします。しかし、正解が人を救うとは限らないのです。
 主イエスは、正解を教えようとはしませんでした。当時、すべてのことについて、律法に基づく正しい答が求められていましたが、主イエスは律法に基づいてではなく、ご自分のことばで、ご自分に基づいて語り、教えました。「律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになった(マルコ1:22)」ために、驚きたたえる人々もいた一方で、正しい答つまり律法をないがしろにするものとして憎まれ、ついには殺されてしまったのです。
 正解とは何でしょう。隣人に、全人格をもって向きあうことではないでしょうか。私たちには、全存在をもって向き合ってくださる主イエス・キリストがいらっしゃいます。その愛によって、わたしたちも勇気をもって隣人に全人格をもって向きあう愛へと促されているのです。

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