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2017年10月 8日 (日)

10月1日 世界聖餐日 「嘆きのパン」

日ごとのパンのように嘆きがわたしに巡ってくる。湧き出る水のようにわたしの呻きはとどまらない。(ヨブ3章24節)

 東日本大震災の被災地では「復興支援住宅」が建てられ、これまで仮設住宅に入っていた人たちが移転して新しく住み始めています。しかし、仮設住宅でようやく形作られてきたコミュニティーが失われ、特に高齢の方々がまた孤立におちいることが心配されています。実際、孤独になって食事への意欲も失い、毎日コンビニ弁当ばかりですごす方があると聞きました。食べることは生きる基本です。復興の工事が進み、住宅も備えられましたが、人の心やコミュニティーの傷はまだ深いことを知らされます。
 ヨブもまた、突然の災いにあって生きる気力を失っていました。生まれてこなければよかった、もう生きていたいと思わない、と訴えます。一日一日生きるのがつらいのです。命を養うはずの日ごとのパンを食べるよりも、日ごとに嘆きが心をいっぱいにしてしまっているのです。
 被災地の支援を続けている「エマオ」では、皆で集まっていっしょに食事をするようにしています。共に食事をするその中で、少しずつ生きる意欲を取り戻していくのです。
 集まって共に食べるのは、教会にはなじみ深いいとなみです。主イエスご自身、いつも多くの人と食事を共にしていました。人々は、主イエスと共に食事をするなかで、ふしぎに生きる力を与えられていったのです。主イエス・キリストこそは「命のパン」でした。
 教会は、主イエス・キリストの食卓を「聖餐」として大切にしてきました。10月第1週の「世界聖餐日」は、第二次世界大戦の惨禍を乗りこえて、世界の人々が共に生きるためにとよびかけられて始まったものです。今もなお、嘆きや痛みの中で、生きるつらさを抱えている人々に、「嘆きのパン」にまさる「命のパン」が与えられることを祈りながら、聖餐を共に分かち合いましょう。

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