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2017年12月 2日 (土)

11月26日 「苦難の後に」

主はこのようにヨブに語ってから、テマン人エリファズに仰せになった。「わたしはお前とお前の二人の友人に対して怒っている。お前たちは、わたしについてわたしの僕ヨブのように正しく語らなかったからだ。しかし今、雄牛と雄羊を七頭ずつわたしの僕ヨブのところに引いて行き、自分のためにいけにえをささげれば、わたしの僕ヨブはお前たちのために祈ってくれるであろう。わたしはそれを受け入れる。お前たちはわたしの僕ヨブのようにわたしについて正しく語らなかったのだが、お前たちに罰を与えないことにしよう。」
テマン人エリファズ、シュア人ビルダド、ナアマ人ツォファルは行って、主が言われたことを実行した。そして、主はヨブの祈りを受け入れられた。ヨブが友人たちのために祈ったとき、主はヨブを元の境遇に戻し、更に財産を二倍にされた。(ヨブ記42:7~10)

 苦難にあって財産もこどもたちも失ったヨブは、最後に元の境遇に戻されました。しかし、元通りになっただけだったでしょうか。
 神は、ヨブに現れて語った後で、すぐ彼を元に戻したのではありません。神は友人たちに、ヨブに祈ってもらうよう命じます。ヨブ自身はまだ苦しい境遇にありましたが、彼らのためにとりなし祈ると、苦難から解放されたのです。
 ヨブは、苦難にあう前も祈っていましたが、それは自分の子どもたちのため、犯したかどうかもわからない罪のためでした(1:5)。けれども、苦難にあったヨブは、自分と厳しくやりあった他者のためにとりなし祈ることを求められたのです。重く、複雑な思いで、祈ることの難しさを覚えながらの真剣な祈りの後、思いがけなくも苦しみが終わったのでした。
 さてその後、多くの人々がヨブのもとを訪れ、食事を共にして彼を慰めます。(42:11)。苦難の前のヨブの生活には、家族・使用人以外の人々との交わりは描かれていません。苦難の後、はじめてヨブに他者とのゆたかな交わりが与えられたようです。
 また、ヨブは新しく与えられた娘たちを息子同様に尊重し(15節)、いっぽう、かつてのように使用人(奴隷)を再び所有したということは書いてありません。苦難の前から神をおそれ、罪を避けて、自分が正しくあることにこだわってきたヨブでしたが、苦難の後に、他者のために祈り、尊重し、共に生きるものへ導かれました。ここに苦難の意味があったといえないでしょうか。
 さらにまた聖書全体を通してみれば、苦難の中でとりなしを祈ったヨブの姿ははるかに十字架のキリストを指し示すものと読むこともできます。回復された彼のもとに人々が集って食事を共にし、新しく息子・娘とされた皆が分け隔てなく賜物を与えられるようすに、教会のイメージをも重ねるのです。

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