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2017年12月30日 (土)

12月24日 「飼い葉桶」

そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。   (ルカ2章1~7節)

 「キリストは馬小屋に生まれた」とよく言われます。しかし、聖書には「馬小屋」のことは書いてありません。ただ「飼い葉桶」に寝かされたことにはこだわっています(7節、12節、16節)。
 マリアとヨセフは、はじめから赤ちゃんを飼い葉桶に寝かすつもりだったのではありません。彼らは、「自分の町」ベツレヘムに帰ってきたのに、そこに居場所を見出すことができなかったのです。「宿屋(7節)」の語は「客間」の意味もあり、ほっとくつろぐ居場所を意味します。しかし、彼らの場所はありませんでした。生まれた子のために見出すことができた居場所は、狭く、小さく、堅い飼い葉桶だけだったのです。
 飼い葉桶には、家畜のにおいがしみついていたでしょう。赤ちゃんは、おむつと服と毛布をかねた布に包まれ、お乳とうんちとおしっこのにおいにまみれていたでしょう。
 さて、町の外で、羊飼いたちに救い主の誕生が告げられます。羊飼いたちにとって飼い葉桶はなじみ深いものです。彼らは、すぐに飼い葉桶を探しあてました。羊飼いたちは、貧しく、町場の人々からは軽んじられていた人々です。しかし、町の中には場所がなかった彼らは、飼い葉桶の救い主が自分たちと同じにおいをしていることに気付いたでしょう。
 ただし、「ベツレヘムの羊飼い」には特別の意味があります。かつてのダビデ大王ももとはベツレヘムの羊飼いでしたが、「油注がれた者(メシア、キリスト)」とされました。のちに王となったダビデが人口調査を企てて神にとがめられたことが伝えられています(サムエル記下24章)。千年の後、やはり権力者の人口調査の企てのもと、しかし「油注がれた者」は、飼い葉桶においでなりました。私たちは権力のもとではなく飼い葉桶の中に、わたしたちと同じにおいにまみれた救い主を見出すのです。

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