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2018年3月24日 (土)

3月18日 「仕えるキリスト」

また、使徒たちの間に、自分たちのうちでだれがいちばん偉いだろうか、という議論も起こった。そこで、イエスは言われた。「異邦人の間では、王が民を支配し、民の上に権力を振るう者が守護者と呼ばれている。しかし、あなたがたはそれではいけない。あなたがたの中でいちばん偉い人は、いちばん若い者のようになり、上に立つ人は、仕える者のようになりなさい。食事の席に着く人と給仕する者とは、どちらが偉いか。食事の席に着く人ではないか。しかし、わたしはあなたがたの中で、いわば給仕する者である。あなたがたは、わたしが種々の試練に遭ったとき、絶えずわたしと一緒に踏みとどまってくれた。だから、わたしの父がわたしに支配権をゆだねてくださったように、わたしもあなたがたにそれをゆだねる。あなたがたは、わたしの国でわたしの食事の席に着いて飲み食いを共にし、王座に座ってイスラエルの十二部族を治めることになる。シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」(ルカ22章24~32節)
 今日の箇所は、主イエスが捕えられる直前、「最後の晩餐」の席上で使徒たちに語ったことばです。それは、「最後の晩餐」を聖餐として覚えてそこに連なっている、のちの教会にむけられたことばでもあります。
 26節の「いちばん若い者」は、「いちばん新しい者」「新人」という意味でもあります。また「仕える者」は、27節の「給仕する者」と同じ「奉仕者」という意味の単語です。
ルカ福音書が書かれたころ、教会はあるていど発展し、秩序が形作られ始めていました。使徒やベテランの信徒が敬われ、キリストに仕える礼拝が献げられていました。しかし、ここでは、主ご自身のことばとして「教会で、偉い信徒は信仰に入ったばかりの新人のように、上に立つ人は食事の給仕に仕える人のように」と告げられ、また主キリストご自身が、仕えられる方ではなく、仕える者、奉仕者であると告げられるのです。
 28節も、最後の晩餐の時点にはそぐわないことばです。主の十字架の試練の際には踏みとどまることができなかった弟子たちでしたが、後には、主の試練・苦難のゆえに、迫害や弾圧にも踏みとどまる教会として成長していきます。なぜそのように信仰を深く 堅くすることができたのでしょうか。
 主イエスは、続けてシモン・ペトロに、「あなたのために、信仰がなくならないように祈った」と告げます。主の十字架の際には、主を捨て、踏みとどまることができなかったシモンでした。しかし、主が祈り、支え、その奉仕によってシモンは立ち直るよう導かれ、皆を力づけるようにもなったのです。
 わたしたちの信仰は、主イエス・キリストご自身の奉仕によって支えられ、ているのです。私たちに仕え、給仕してくださる主からの糧を、感謝をもって受けとめ、味わいましょう。

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