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2018年3月 4日 (日)

北部日記 3月4日

 歌舞伎の有名な演目、『菅原伝授手習鑑』は、その中の『寺子屋』の段だけ上演される機会も多くあります。菅丞相(菅原道真)に心を寄せる松王丸が、菅丞相の子を守るために自分の子を身代わりとして殺させる悲劇の場面です。歌舞伎役者の松本白鸚(先代松本幸四郎)は、「自分が子役で出た(戦後の)頃は、『寺子屋』など子供が犠牲になる芝居では観客がよく泣いたのを不思議に思った。後年、戦死者の遺族だったと思いあたった」と回想しています。子どもの命を差し出して、そしらぬ顔で悲しみに耐える芝居が、子どもを「お国のため」に兵士として送り出した親たちの心に刺さったのです。
 先日、「種を粉にひいてはならない」ということばを教えられました。もともとはゲーテのことばだそうです。ドイツの女性画家、ケーテ・コルビッツは、第一次大戦で兵士として送り出した息子を、さらに第二次大戦で孫を失った痛みを抱えて多くの作品を残したのですが、その思いを込めた「種を粉にひいてはならない」という題の作品があります。将来の実りをもたらすはずの麦の種を、目先の満腹のために粉にひいて食べてしまってはならない、というたとえで、若者の命を浪費する戦争を批判したのです。
 こどもの命を「粉にひいてしまった」後悔は、生き残った親たちの心に深く癒えない痛みを残すのです。戦争で死なせるだけではありません。若い世代が、身をすり減らすようにして働かされて、なお貧しさに押しつぶされていくような社会もまた、将来の「種」を食いつぶしていることに変わりありません。種を花咲かせ、ゆたかに実らせるのは、親の世代の責任です。

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