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2018年4月

2018年4月29日 (日)

北部日記 4月29日

 先週の教会総会では、昨年一年間の教会の活動の報告を聞きあい、新年度にむけて新しい歩みを踏みだしました。
 主題に関連し、礼拝に集うことが難しい人も、教会の交わりに参加できるよう、たとえば平日の夜に集まる機会をもっては、との意見がありました。
 新年度計画に関連して、バザーの日程が話題となりました。このところ春のバザーは5月下旬に行っていますが、「小学校や幼稚園の運動会とぶつかって計画しづらい」という指摘がありました。このような日程になった経緯や、現在の状況を確認し、次年度以降の日程についてあらためて検討していくこととなりました。
 また今年度、「太平子どもの家」が40周年を迎えます。太平子どもの家運営委員会では、40周年にあたり、「資料・記録の整理」「9月のバザーを記念バザーとして」「10月にお祝いの集いを」といったことを計画しています。教会員や後援会・OB会などの協力が必要です。
 新しい役員4名が選出されました。2年の任期で教会の大切なつとめにあたります。教会員それぞれ、役員のためにお祈りください。
 総会の場で、教会の備品の管理について提言があり、さっそく総会後の新旧役員懇談会でも検討されました。教会の主な備品をすべて台帳などで記録・管理していくのは現実には難しいけれど、少なくとも今なにがあるのか、機会を作ってみんなで確認していこうということになりました。
 新年度、さまざまなできごとを通して、教会の信仰と生活と交わりと働きとがゆたかに形作られていくことを信じ、主に期待して共に歩みましょう。

2018年4月28日 (土)

「主の山に登ろう」 4月22日

アモツの子イザヤが、ユダとエルサレムについて幻に見たこと。
終わりの日に
主の神殿の山は、山々の頭として堅く立ち、
どの峰よりも高くそびえる。
国々はこぞって大河のようにそこに向かい、多くの民が来て言う。「主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。
主はわたしたちに道を示される。わたしたちはその道を歩もう」と。主の教えはシオンから、御言葉はエルサレムから出る。
主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。
彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。
国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。
ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう。
                        (イザヤ書2章1~5節)

 昨年度、教会の主題を「共に生きるために」と掲げました。その前の年の主題「40年のその先へ、共に」をひきつぎ、「他の諸教会と連帯して共に歩む」「この社会で弱くされた人々と共に課題を担う」といった意味をこめて定められた主題です。
 けれども、近年の教会を振り返ると、急激に礼拝出席者数が減っています。年齢を重ねると共に、健康の衰えや生活の変化によって集うことが困難になってきた方が増えているのです。教会に集えない寂しさやつらさ、不安や孤独がつのるにつれ、教会そのものが、主の共同体として共に生きることがますます大きな課題となってきているのです。
 教会という共同体の中心になるのは礼拝です。礼拝について、聖書はもちろん多くを教えています。
 イザヤ書2章には、礼拝についての美しく力強い幻が語られています。いつの日か、世界中の民が主の礼拝に集い、もはや人々の隔てや対立は無くなるという主の平和の道がもたらされるのです。
 イザヤがこのことばを語ったのは、エルサレムを都とするユダ王国がアッシリアに圧迫され、滅亡の危機に直面した時代でした。弱く小さくされ、困難や不安を抱えている神の民に、それでもやがてこの主の山に諸国の民が隔てなく集まり、神の示す平和の道を歩むようになるという希望が示されたのです。その神のことばは、決してむなしくは終わりません。
 今、私たちも、この希望のことばを心にとめましょう。私たちが弱く小さくされ、孤独や不安に迫られているとしても、みんなが主の山、礼拝の場を望み見て、共に集い、主の示される平和の道を共に歩むものとされるのです。この希望に導かれて歩みましょう。

2018年4月22日 (日)

北部日記 4月22日

 先週日曜日の午後、北部教会を会場に町内会の総会が行われました。この町内会には約400世帯が属していますが、総会には数十名が出席しました。最近引越して来られたのでしょうか、初めて見る方も何人かいたようです。もしかしたら、その方にとっても、キリスト教会の会堂に足を踏み入れるのは初めての機会だったかもしれません。少しでも教会への敷居が低くなればいいですね。
 今年度、町内会では、「サロン活動」を始めることとなりました。今、さまざまな地域で「サロン活動」が進められています。地域の人たちが集い、いろいろな内容の活動を楽しんで、交流を深め、支えあう関係を形作るのが目的です。札幌市では「年に10回以上」「約20人以上」「特定の活動に固定しない」といった条件を満たす活動に助成金が交付されます。ここの町内会でも何回か試行を重ね、今年度から正式に開催を決定したのです。
 さっそく、どんな活動にするか、準備の話し合いが行われました。サロンの会場は、もちろんこの教会です。「こどもからお年寄りまで集えるように」「健康体操のあと、お茶とお菓子でおしゃべりを」「昔の歌をうたう集いは」「こどもといっしょに昔の遊びを」「ボードゲームや囲碁将棋、かるた大会など」「ろくろく公園でお弁当をいっしょに」「ジンギスカンもできる」「お漬物自慢大会を」など、いろいろなアイディアが。
 地域の人たちにとって、この場所がますますなじみ深い、大切な場所になってくれたらと願います。できれば、目を引くきれいな教会のパンフレットも作って置いておきたいですね。

2018年4月21日 (土)

4月15日 「持っているもの」

ペトロとヨハネが、午後三時の祈りの時に神殿に上って行った。すると、生まれながら足の不自由な男が運ばれて来た。神殿の境内に入る人に施しを乞うため、毎日「美しい門」という神殿の門のそばに置いてもらっていたのである。彼はペトロとヨハネが境内に入ろうとするのを見て、施しを乞うた。ペトロはヨハネと一緒に彼をじっと見て、「わたしたちを見なさい」と言った。その男が、何かもらえると思って二人を見つめていると、ペトロは言った。「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」そして、右手を取って彼を立ち上がらせた。すると、たちまち、その男は足やくるぶしがしっかりして、躍り上がって立ち、歩きだした。そして、歩き回ったり躍ったりして神を賛美し、二人と一緒に境内に入って行った。民衆は皆、彼が歩き回り、神を賛美しているのを見た。彼らは、それが神殿の「美しい門」のそばに座って施しを乞うていた者だと気づき、その身に起こったことに我を忘れるほど驚いた。  (使徒3章1~10節)

 生まれつき足の不自由な男が、エルサレムの神殿の門のそばで物乞いをしていました。毎日、彼をその場所に運んで来ていたのは、誰だったのでしょうか。神殿に来る善男善女が彼の姿に同情して施す金銭の上前をはねるのが目的だった可能性は少なくありません。男を、金銀を得るための道具として利用し、身動きできない彼をしっかり管理して毎日かせがせていたのではないでしょうか。彼がどんなに金銀を得たところで、そうした境遇から解放されることはないのです。
 私たちの目の前の現実も大差ないかもしれません。働く者は、ただ利益をえるための道具として連れてこられてそこに置かれ、身動きもできないまま管理・束縛されているのです。
 通りかかったペトロとヨハネは、男に「持っているものをあげよう」と告げます。「持っているもの」とは、「イエス・キリストの名」のことでした。この後、くりかえし、「イエス・キリストの名」が問題とされます(3:16、4:7,10~12)。弟子たちは、キリストの名を帯びていました。彼らを通してキリストがみわざをなされます。それが、彼ら、教会が「持っているもの」なのです。
 そのキリストの名によって、身動きできなかった男が自分の足で立ち、自分の歩みを始めました。金銀を得るための道具としての束縛から解放され、大いに喜び、生まれて初めて踊り、神を賛美し礼拝するものとなったのです。
 教会には、お金はありません。しかし、持っているもの、キリストの名があります。わたしたちには、イエス・キリストがついているのです。キリストは、人を金銭の支配から自由にし、自分の人生を歩む喜びをもたらします。わたしたちの「持っているもの」を、どうやって分ちあっていくことでしょうか。

2018年4月15日 (日)

北部日記 4月15日

☆来年1月の年頭修養会は札幌地区が担当です。先週、第5回の実行委員会が行われました。プログラムについて、北海教区長期宣教計画の柱である「革新」「連帯」「平和」に基づいて構成しては、という案が出されて話しあいました。また、ぜひ小グループで話し合う時間をとりたいとの希望もあります。今年度、札幌地区では、1月の年頭修養会に先立って、札幌地区の集会を「プレ年修」と位置づけて、年修の予行をするアイディアもあります。いろいろな形で年修に「参加」する機会が備えられます。ぜひ積極的に加わっていっていただければと思います。
☆年頭修養会実行委員会には、この4月に札幌地区の教会に着任された四名の牧師たちも出席し、顔合わせのあいさつをかわしました。6~7月には就任式が続くことになります。ある方が、「他の教会の就任式に出席すると、自分が北海教区につながっていることを実感する」と言っていました。あちこちの就任式に足を運び、顔をあわせ、わたしたちがひとつに結ばれている幸いと喜びを味わいましょう。
☆あるところから、関西学院大学神学部の『地域福祉と教会』というブックレットの書評を依頼されました。「地域福祉」とは、「地域で困窮している人を支援するため、その地域の個人や団体・組織が協力して取組むこと」を意味します。主にホームレス支援の活動をとりあげた内容でしたが、私たちの教会の「太平子どもの家」の働きにも通じる示唆がいろいろ含まれていました。太平子どもの家の新年度が始まります。40周年を迎え、これからの時代にむけて導かれていくことを願います。

2018年4月14日 (土)

4月8日「離れないで」

イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。そして、彼らと食事を共にしていたとき、こう命じられた。「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられるからである。」
(使徒1章3~5節)

 これからルカ福音書の続編である使徒言行録を読んでいきます。
 使徒言行録は、主イエスがよみがえった後、弟子たちに現われたと述べるところから始まります。これは、どこで起こったことだったでしょうか。
 ルカ福音書以外の三つの福音書は、いずれも復活された主が弟子たちにガリラヤで現われることを述べています。ところが、ルカ福音書とその続編の使徒言行録では、ガリラヤのことが記されません。弟子たちはずっとエルサレムにいて、そこで復活の主と出会ったように書かれています。
 主イエスも弟子たちもガリラヤの出身です。主は、ガリラヤでその活動を始め、ガリラヤでは多くの人々が主に従いました。エルサレムに乗り込んだ主イエスが殺された後の弟子たちにとって、ガリラヤに戻ってそこで生きておられる主に再会することは、かつて主が教え働かれた原点に戻って再起する、という意味があったことでしょう。
 いっぽうエルサレムは、主イエスを殺して葬り去った恐ろしい場所です。この後も、エルサレムの人々がキリストの福音を妨げ、弟子たちを弾圧する場面が繰り返されます。弟子たちにとってエルサレムは、敵意に満ちた危険な場所であり、恐れと不安にさらされるところでした。
 しかし、使徒言行録は「エルサレムを離れず、父の約束されたものを待ちなさい(3節)」という主の命令から始まります。かつてガリラヤで教えられたことを思い出しながら(24:6)、しかし懐かしい過去に戻るのではなく、危険と恐れに満ちた今の現実から離れず、未来の神の約束の実現を待つよう促されるのです。
新年度を迎えました。これからに不安を覚えるでしょうか。それでもこの現実を離れず、ここに成し遂げられる神のみわざを信じ待ち望みましょう。

2018年4月 8日 (日)

北部日記 4月8日

 1968年4月4日にマーティン・ルーサー・キング牧師が暗殺されてから半世紀がすぎました。この時にあわせて出版された、岩波新書の『マーティン・ルーサー・キング 非暴力の闘士』(黒崎真著)を読みました。
 キング牧師は「非暴力によって人種差別と戦った」と言われます。それはもちろん正しいのですが、この本ではキング牧師たちの「非暴力」の戦いが、じつに周到・緻密な戦略のもとに準備され、意図的に計画された「作戦」であったことが紹介されています。
 運動に携わる人々は、くりかえし集まっては「非暴力」のトレーニングをうけました。非暴力について、その意味を学ぶだけではなく、実際にロールプレイを重ね、暴力にさらされたときの対応を学びます。リアルな訓練に耐えかねて脱落する人もまれではなかったようです。また、実際の運動を展開するにあたっては、入念に下調べをして、どこでどんな「事件」を起こすか計画していきます。差別的で粗暴な行政担当者や警察の支配する町で、公然と差別に抗する行動を起こし、怒った当局者が暴力的な弾圧事件を起こすと、それをメディアにさらして全国的な関心と差別への批判をよびさます、という積極的な作戦が展開されていったのです。
 「非暴力」は、ただひたすらされるままに耐え忍ぶことではなく、「和解」「共生」「権利」を獲得するための積極的な行動でした。これは「非武装・戦争放棄」のありかたにも通じます。武力をもたないことは、それだけ積極的な非軍事的行動によって平和を獲得する作戦を戦略をもって展開することにつながらなければならないのです。

2018年4月 7日 (土)

4月1日 イースター 「はじめの日」

一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。二人も、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。(ルカ24章28~35節)

 ユダヤでは、毎週土曜の安息日にはいっさいの労働をせず会堂で礼拝することを大切にしていました。ところが、キリスト教会は、安息日の礼拝を捨て、日曜日つまり「週の初めの日」に礼拝を行うようになります。「週の初めの日」が、主イエス・キリストの復活の日だったからです(ルカ24:1)。
 ルカ福音書には、「週の初めの日」に起こった印象的なできごとが記されます。この日、エマオへ向かっていた二人の弟子たちに、よみがえった主イエスが道連れとなって歩み始め、ご自身について聖書から解き明かしますが、二人は気付きません。続いて食事の席で主イエスは「パンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった」(30節)のですが、このふるまいは、五千人にパンを与えたとき(9:16)、そして最後の晩餐のとき(22:19)と同じです。このとき弟子たちは、主イエスが共にいることを悟ったのです。
 教会では、週の初めの日ごとに礼拝が行われます。礼拝では、主イエス・キリストについて聖書から説き明かしを聞き、またパンを分かちあっていただく聖餐が行われます。この、ことばで解き明かし、聖餐をいただくという礼拝は、あの、エマオへの道でなされたことと同じです。実際に聖書から語ったりパンを分けたりするのは集まる中の誰かですが、しかし、そこに見えないけれど確かに主イエス・キリストが共にいてくださることを、教会はくりかえし味わってきたのではないでしょうか。
 週の初めの日、日曜の礼拝は、毎回が小さなイースターです。生きておられる主に出会い、伴われて歩みはじめる、はじめの日です。きょうは、週のはじめの日であり、また4月のはじめの日、そして新年度のはじめの日です。生きておられる主に伴われて歩み始めましょう。

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