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2018年6月

2018年6月30日 (土)

6月24日「へびだってこわくない」野外礼拝

パウロが一束の枯れ枝を集めて火にくべると、一匹の蝮が熱気のために出て来て、その手に絡みついた。住民は彼の手にぶら下がっているこの生き物を見て、互いに言った。「この人はきっと人殺しにちがいない。海では助かったが、『正義の女神』はこの人を生かしておかないのだ。」ところが、パウロはその生き物を火の中に振り落とし、何の害も受けなかった。体がはれ上がるか、あるいは急に倒れて死ぬだろうと、彼らはパウロの様子をうかがっていた。しかし、いつまでたっても何も起こらないのを見て、考えを変え、「この人は神様だ」と言った。
      (使徒28章3~6節)

 これからアウトドアが楽しみなシーズンですが、野外にはクマやハチ、マダニなど危険な生き物もいます。ヘビも気持ち悪がられますが、北海道には毒ヘビはほとんどいません。もちろん、世界には危険なヘビもいます。
 使徒パウロがヘビに襲われました。パウロは、逮捕されて護送される途中、船が嵐に漂流して見知らぬ島にたどりついたとき、ヘビに襲われたのです。きっとめったにないことだったのでしょう、まわりの人々は、「この囚人はよほど悪いやつだから神が罰するのだ」と恐れます。ところが何事も起こらないと、「この人は神だ」と見かたを変えたのです。
 クマやヘビなどの危険に絶対あわないためには、外に出ないのがいちばんです。でもそれでは神さまが創られたゆたかなすばらしい世界と出会うこともできません。また、自分では出かけたいと思っていなくても、行かねばならなくなることもあります。キリストは、パウロに初めてあったときから、パウロがあちこちに出かけるようにさせ、行く先々でパウロは何度も危ない目にあってきました。神さまは、わたしたちが何の危険にもあわないようにではなく、危険があってもだいじょうぶなようにしてくださるのです。
 パウロが建てた教会もまたそうです。嵐のような困難にあい、難破して漂流するような思いをし、ヘビのようにおそろしいことにも襲われました。まわりから「あいつらは悪い奴だから滅ぼされる」と見られることもありましたが、それでも倒れることも滅びることもなく、ついには「あの人たちには神さまがいる」と言われるようになったのです。
 神さまは、わたしたちを何の危険にも会わない部屋の中に閉じ込めておくのではなく、世界へと遣わしていきます。でも、だいじょうぶ、へびだってこわくありません。神さまがいるのです。
  

2018年6月24日 (日)

北部日記 6月24日

☆大阪北部を中心に地震がありました。いくつかの教会でガラスが割れたり食器が壊れたりという被害があったようですが、それほど重大な損害ではなさそうです。それでも、23年前の阪神淡路大震災の記憶がよみがえったり、その後も続く余震におびえたり、ライフラインの復旧が遅れたりと、不安と不便の中で過ごしている方々が多くいることでしょう。心の支えが備えられますよう祈ります。
☆教区の学習会で、いのちの電話にもかかわっておられる佐々木敏明さんの「コミュニケーション力を身につける」というお話を聞きました。「コミュニケーションは『聞くこと』と『話すこと』が両輪だが、たいてい『話すこと』にかたよりがち。話したいことの2割にとどめるくらいがちょうどいい」という、耳の痛いことばも。でも、かえりみて、北部教会では、こと教会での話しあいの場では、あんがいほどよく「聞き」また「話す」ことがなされているようにも思っています。皆でいっしょうけんめい話し合いながら教会を形作ってきた経験の賜物でしょう。
☆太平子どもの家の40周年をどう記念するか、関係者で話題にしています。メインの行事として、10月20日(土)に、榎本栄次牧師をお招きしてのお祝いの会を行おうと、こどもの家運営委員会で計画しています。卒園児や家族、他教会の関係者にも声をかけ、こどもの家の「お誕生パーティー」のように楽しい集まりをイメージしています。北部教会のだいじな営みの太平子どもの家の記念のとき、教会全体でかかわり盛り上げていければと願っています。

2018年6月23日 (土)

6月17日 「神は分け隔てしない」

翌日、この三人が旅をしてヤッファの町に近づいたころ、ペトロは祈るため屋上に上がった。昼の十二時ごろである。彼は空腹を覚え、何か食べたいと思った。人々が食事の準備をしているうちに、ペトロは我を忘れたようになり、天が開き、大きな布のような入れ物が、四隅でつるされて、地上に下りて来るのを見た。その中には、あらゆる獣、地を這うもの、空の鳥が入っていた。そして、「ペトロよ、身を起こし、屠って食べなさい」と言う声がした。しかし、ペトロは言った。「主よ、とんでもないことです。清くない物、汚れた物は何一つ食べたことがありません。」すると、また声が聞こえてきた。「神が清めた物を、清くないなどと、あなたは言ってはならない。」こういうことが三度あり、その入れ物は急に天に引き上げられた。
(使徒10章9~16節)

 旧約聖書の律法には、食べて良い物と、食べてはいけない汚れた物が厳しく定められています。敬虔なユダヤ教徒は今日でもそれを守っています。
 しかし、キリスト教では食べ物を制約することはありません。「神が清めたものを清くないといってはならない」とペトロに幻で示されたのです。しかし、この幻は、ただ食べ物のことだけを示しているのではありません。
 当時のユダヤ人にとって、異邦人もまた避けるべきものでした。律法を知らず、割礼を受けることなく、「汚れた」食べ物を平気で食べてきた連中とはいっしょにはなれないと考えていました。しかし、神は、その隔てを取り除くことをこの幻で示されたのです。幻を見た後、ローマ人コルネリウスのもとを訪れたペトロは、「神は人を分け隔てなさらない(10:34)」「イエス・キリストはすべての人の主(10:36)」と確信してコルネリウスたちに洗礼を授けました。教会は、こうして世界の人々の救いの福音を掲げるものとなっていったのでした。
ところが、そのことでペトロは非難されます。異邦人が教会に加えられ、交わりをむすぶことを拒む声があがったのです(11:1~3)。「神は人を分け隔てしない」ことの意味を、最初の教会は、すぐに充分うけとめることができませんでした。
 それは、このころの教会に限ったことでしょうか。いま、私たちは、神は人を分け隔てしないことをじゅうぶん受けとめているでしょうか。
 教会に、あるアンケートの依頼がきました。性的少数者のキリスト者が安心して通える教会かどうかのアンケートです。性的少数者に対して、これまで教会はひときわ厳しい目をむけ、受け入れてきませんでした。今、教会は、ほんとうに「キリストはすべての人の主」と信じ、「神は分け隔てしない」とたしかに示すことができるでしょうか。 

2018年6月17日 (日)

北部日記 6月17日

 明治の初め、新しい国家や社会のありかたをめぐって「自由民権運動」が盛り上がり、これから日本がどんな国となっていくべきか、全国各地で議論がなされました。その結果が、民間の憲法案としていくつも残されていますが、そこには、「私たちの国をこう作ろう」という理想と熱意がこめられています。
 そうした憲法案のひとつに『五日市憲法』があります。東京西部の五日市という町の旧家の土蔵から、1968年に大学の調査で原稿が発見されました。その内容は、国民の権利を尊重し国家権力を抑える非常に先進的なものでした。
 この「五日市憲法」を発見した学生、新井勝紘さんは後に研究者となり、つい先日、『五日市憲法』(岩波新書)という本を公刊しました。そこには「五日市憲法」の内容の紹介と共に、この憲法案を記した千葉卓三郎という人物についてもくわしく記されています。
 千葉卓三郎は、1883年、31歳で亡くなっているのですが、五日市で教師をしながら仲間たちと熱く議論を重ね、この憲法案をまとめることに全力を注ぎました。彼は幕末に仙台で生まれ、明治維新後、キリスト教(ロシア正教)の信徒となり、熱心な伝道者となります。その後もキリスト教や他のさまざまな学問を学び、ついには国の将来の理想を画期的な「五日市憲法」に書き残したのでした。
 憲法改正が論じられる今、自分たちの国と社会のありかたについて信仰者としてどう考えるべきか、先人たちから問いかけられているようです。

2018年6月10日 (日)

北部日記 6月10日

 こどもの頃、教会学校でいっしょに育った友人が、牧師となって岩手のM教会で働いています。昨年の秋、北海教区の東日本大震災支援委員会で被災地を訪問した際、当初の予定にはなかったのですが、移動の途中でちょっとだけ立ち寄りました。
 ちょうど教会の保育園のクラス礼拝の時間に重なっていて、牧師本人に会うことはできませんでした(窓からそっとのぞいてみました)が、保育園の園長先生がにこにこと出迎えてくれました。ごあいさつをすると、「北海教区には大変お世話になっています。実は、妹が、島松伝道所にいまして、牧師をしています」。なんと島松伝道所の辻中明子牧師のお姉さまでした。言われて見れば、そっくり・・・。みんなでいっしょに記念写真を撮りました。
 島松伝道所に辻中牧師ご夫妻が赴任して20年以上になります。「こどもと共に」「障がい者と共に」といった取り組みを、北海教区の中でも先駆的に進めてきました。小さな群れですが、決断をして3年前には古い会堂の大規模改修を実施しました。地区や教区のみならず全国からの協力献金に支えられて、会堂でのコンサート、べてるの家とつながる「当事者研究」、教会を通じて野菜を販売する「野菜だより」など、ゆたかな活動を展開しています。
 2006年には北部教会のCSキャンプで島松伝道所を訪れ、いかだを作って川くだりをして楽しみました。辻中明子先生は十数年ぶりの北部教会での説教です。古くからの交わりに新しい出会いを重ねましょう。

2018年6月 9日 (土)

6月3日「キリストの名によって」創立記念日礼拝

 次の日、議員、長老、律法学者たちがエルサレムに集まった。大祭司アンナスとカイアファとヨハネとアレクサンドロと大祭司一族が集まった。そして、使徒たちを真ん中に立たせて、「お前たちは何の権威によって、だれの名によってああいうことをしたのか」と尋問した。そのとき、ペトロは聖霊に満たされて言った。
 「民の議員、また長老の方々、今日わたしたちが取り調べを受けているのは、病人に対する善い行いと、その人が何によっていやされたかということについてであるならば、あなたがたもイスラエルの民全体も知っていただきたい。この人が良くなって、皆さんの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられたあのナザレの人、イエス・キリストの名によるものです。この方こそ、『あなたがた家を建てる者に捨てられたが、隅の親石となった石』です。ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。」
 議員や他の者たちは、ペトロとヨハネの大胆な態度を見、しかも二人が無学な普通の人であることを知って驚き、また、イエスと一緒にいた者であるということも分かった。しかし、足をいやしていただいた人がそばに立っているのを見ては、ひと言も言い返せなかった。                (使徒4章5~14節)

 名前には力があります。それを「権威」と言います。
 逮捕されたペトロとヨハネは、なんの権威、だれの名によって、歩けなかった人を癒したのかと尋問されました。考えられないようなことが起きたのは、いったい何の力によるのか、追求されたのです。
 ペトロは、「あなたがたはナザレの人イエスを殺したが、神は彼を復活させた。ことを成し遂げたのはこのイエス・キリストだ」と堂々と主張します。つい先日のイエスの逮捕の際には逃げ隠れしていたペトロのこの姿勢に、指導者たちは驚きます。そして「彼らはイエスと一緒にいた」と気付きました。ガリラヤからエルサレムへ、そしてもしかしたら、癒しが行われたときも、イエスと一緒だったのではなかったか、と。
 教会は、そういうところです。ただの人であっても、聖霊が注がれ、イエスと一緒にいて、イエス・キリストの名、その力がことを成していくのです。
 今日は北部教会の創立記念日です。1976年の伝道所開設から10年で土地取得・会堂建築をはたし、50名の教会へと驚くような成長をとげました。しかし、10周年の記念誌には、この間の牧師・信徒の不安や迷いが率直に記されています。それと共に、主が祈りにこたえてことを成し遂げてくださると確信できた幸いも証されています。キリストの名によってことが成し遂げられていったことを、この教会の歩みが証しているのです。
 ところで、キリストの名によるわざを証したのは、ペトロとヨハネだけではありませんでした。足を癒された人は、自分では何もしたわけではありません。しかし、思いもよらずに癒され、それを喜び感謝し、二人についていっていたのです。その存在自体が証として用いられました(14節)。わたしたちも、いただいた恵みをせいいっぱいに喜び賛美しつつ歩みましょう。

2018年6月 3日 (日)

北部日記 6月3日

 わたしたちの教会が新会堂の建築と教会の移転を決議し、工事の準備にとりかかったのが、ちょうど10年前の今ごろでした。翌年3月には、新会堂の献堂式と前後して旧会堂がとりこわされ、跡は更地となりました。
 今、旧会堂の跡地は資源ゴミの回収拠点となっています。ある方が、「北部教会の創立当初、榎本栄次牧師が資源回収をして資金づくりをしていました。その教会の跡地がまた資源回収に利用されるとは、神さまは、おもしろいことをなさいますね」とおっしゃいました。
 きょうは、北部教会の創立記念日礼拝です。北部教会の創立当初、開拓伝道に携わった榎本栄次牧師とご家族はもちろんのこと、集まってきた信徒たちも教会の形成・運営のために大きな労苦を担いました。教会につながるみんなで教会を形作り、その働きを積極的に担うことは、以来、北部教会の力強い“家風”となっています。
 教会のバザーも、そういう力の発揮される場面です。かつては「太平子どもの家」の運営のために、子どもの家の保護者も協力して盛大なバザーが行われ、一日で数十万円の収益があったといいます。最近では収益こそかつてほどではありませんが、やはりおおぜいの人たちがかかわり、また訪れています。先週のバザーも、天候に恵まれ、楽しいにぎわいとゆたかな交わりの時となりました。
 教会創立から43年目の今年、太平子どもの家は40周年を迎えます。秋には記念行事を行う予定です。そろそろ準備にとりかからなければなりません。またみんなで労苦と喜びを分ちあう機会となるよう願っています。

2018年6月 2日 (土)

5月27日 「転機」

さて、サウロはなおも主の弟子たちを脅迫し、殺そうと意気込んで、大祭司のところへ行き、ダマスコの諸会堂あての手紙を求めた。それは、この道に従う者を見つけ出したら、男女を問わず縛り上げ、エルサレムに連行するためであった。ところが、サウロが旅をしてダマスコに近づいたとき、突然、天からの光が彼の周りを照らした。サウロは地に倒れ、「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。「主よ、あなたはどなたですか」と言うと、答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる。」同行していた人たちは、声は聞こえても、だれの姿も見えないので、ものも言えず立っていた。サウロは地面から起き上がって、目を開けたが、何も見えなかった。人々は彼の手を引いてダマスコに連れて行った。サウロは三日間、目が見えず、食べも飲みもしなかった。  (使徒9章1~9節)

 サウロ、後のパウロは、キリストに出会うまでは、伝統的な信仰を守ることに熱心でした(ガラテヤ1:13~14)。神の民としての出自を誇り、ファリサイ派の一員として律法を守ることにつとめていたのです(フィリピ3:5~6)。 
  ところが、キリストと出会ったことによって人生がまったく変えられてしまいます。教会を迫害していたのにキリストを宣べ伝える者となり、律法を守ることにつとめていたのに「律法ではなく信仰による救い」を主張し、異邦人からみずからを隔てるファリサイ派であったのに異邦人の使徒とされたのです。
 このように人生が180度変えられることは、それまでの人生が否定されることです。これまで正しいと信じてすべてを献げ、そのためには人を傷つけ損なうことさえいとわなかったことが間違いであったのです。人生の土台が崩れるような衝撃に、どれほど苦悩したでしょうか。「三日間、目が見えず、食べも飲みもしなかった(9節)」とは、何もかも見失った絶望の中、生きる意欲さえ失ったことを示しているでしょう。
 かつて日本の敗戦と共に、多くの人々がそのような苦悩を味わいました。作家の三浦綾子さんも、「日本は神の国」と信じ、教えてきたことが間違いであったことに絶望し、生きる意欲も失ったといいます。
 しかし、サウロの苦悩の「三日間」は、キリストの死から復活への道のりをも示しています。彼が見えなくなったのは、けっして暗闇に落ち込んだからではなく、「天からの光(3節)」に囲まれたからでした。サウロの苦悩の三日間は、神からの光によって新しい命を生きるようになるまでの過程でした。
 人生の転機に臨み、苦悩に沈むときがあります。しかしそれは神の光に照らされた時なのかもしれません。やがて周囲の人々の助け、教会の交わりが与えられ、新しい命に導かれるのです。

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