« 北部日記 7月1日 | トップページ | 北部日記 7月8日 »

2018年7月 7日 (土)

7月1日 「福音の拠点」

アンティオキアでは、そこの教会にバルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、キレネ人のルキオ、領主ヘロデと一緒に育ったマナエン、サウロなど、預言する者や教師たちがいた。彼らが主を礼拝し、断食していると、聖霊が告げた。「さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために。」そこで、彼らは断食して祈り、二人の上に手を置いて出発させた。
(使徒13章1~3節)

 
 キリスト教の歩みのなかで、使徒パウロは大きな役割を果たしました。異邦人伝道に携わって多くの教会を建て、また指導し続けただけでなく、その書き残した手紙は聖書として後世に決定的な影響を及ぼしました。使徒言行録13章以下に、そのパウロの活躍が記されていきます。
 しかし、パウロの働きはけっして彼ひとりのものではありませんでした。パウロは、アンティオキア教会から派遣されて旅に赴きました。しかも、少なくともバルナバというパートナーとのチームによる働きでした。旅の終わりにはアンティオキア教会に戻り、そこでその働きについて報告しました(14:26~27)。パウロの働きは、教会が送り出し、祈り、支え、報告を待ち、そして教会の仲間と共にたずさわった働きだったのです。教会こそが福音宣教の拠点でした。
 では、パウロを送り出したアンティオキア教会はどんな教会だったでしょう。国際的な大都市アンティオキアに教会ができたいきさつが使徒言行録11章に記されています。ここで初めてユダヤ人と異邦人が共に加わる教会が作られました。これまでになかったこの集団が、初めて「キリスト者」とよばれるようになったのです(11:26)。13章1節に挙げられたアンティオキア教会のリーダーたちは、立場も出自も経歴も多様な人々であったと考えられます。このような群れが「福音の拠点」とされたのです。
 かつて、札幌農学校で生徒たちに福音を教えたクラーク博士は、「ここにアンティオキア教会を作る」と語ったそうです。全国から集まった若者たちによる新しい群れが福音の拠点として用いられ、やがては各地に福音を伝えていく働きを期待したことでしょう。わたしたちの教会もまた、「福音の拠点」とされていくことを願い望みましょう。

« 北部日記 7月1日 | トップページ | 北部日記 7月8日 »

説教要旨」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/520602/66912723

この記事へのトラックバック一覧です: 7月1日 「福音の拠点」:

« 北部日記 7月1日 | トップページ | 北部日記 7月8日 »