« 2018年7月 | トップページ | 2018年9月 »

2018年8月

2018年8月26日 (日)

8月19日 「生命は彼の中に」

週の初めの日、わたしたちがパンを裂くために集まっていると、パウロは翌日出発する予定で人々に話をしたが、その話は夜中まで続いた。わたしたちが集まっていた階上の部屋には、たくさんのともし火がついていた。エウティコという青年が、窓に腰を掛けていたが、パウロの話が長々と続いたので、ひどく眠気を催し、眠りこけて三階から下に落ちてしまった。起こしてみると、もう死んでいた。パウロは降りて行き、彼の上にかがみ込み、抱きかかえて言った。「騒ぐな。まだ生きている。」そして、また上に行って、パンを裂いて食べ、夜明けまで長い間話し続けてから出発した。人々は生き返った青年を連れて帰り、大いに慰められた。(使徒20章7~12節)

 青年エウティコは、一日働いて疲れた体で、それでもパウロの話を聞く最後の機会と思って集会に来たのかもしれません。たくさんのともしびで部屋は暑く空気も悪くなったので、風に当たってすっきりしようと窓辺に腰かけたのでしょうか。それでも眠気に勝てず、落ちてしまったのです。大騒ぎになりましたが、息を吹き返し、一同はほっとしたのでした。
 このとき、パウロがエウティコの上にかがみこんだ(10節)のは、人工呼吸のような措置をしたのだと推測する人もいます。いっぽう、このパウロのふるまいは、列王記に記された、預言者エリヤやエリシャが死んだこどもをよみがえらせたときのふるまいを思わせます。使徒言行録の著者ルカは、パウロが偉大な預言者たちに匹敵する存在だと示しているようです。
 それだけではありません。この事件が起こったトロアスの町は、かつてパウロが失意と挫折のはてにたどりついた所でした。しかし、ここで幻を示され、実り多い新しい道へと導かれたのです(16:6以下)。今、パウロは、このトロアスに戻ってきて、そこからエルサレムへ、さらにローマへと向かおうとしています(19:21)。しかし、この後パウロはエルサレムで捕えられ、囚人として護送されることになります。計画は挫折し、パウロの命も危うくされます。それでも、それでおしまいとはなりませんでした。
 「まだ生きている」(10節)とは、直訳すると「生命が彼の中にある」という意味です。彼の命だけでなく、キリストの命が彼をなお生かすのです。エウティコだけでなく、パウロもまたそうやって生かされることになります。さらには、教会もまた、キリストの生命がその中にあるのです。困難や弾圧に衰退し挫折するように見えても、なお生かされるのです。
 息を吹き返したエウティコの姿に、私たちも大いに慰められます。

2018年8月19日 (日)

北部日記 8月19日

 4月から無牧師となった真駒内教会の代務者をつとめています。月に一回、礼拝説教に赴き、午後からは役員会に出席します。そのほか牧師の招聘にむけての相談にもあずかっています。基本的に牧会の責任は負わないのですが、それでも重篤な状況で入院している方のお見舞いにはうかがっています。
 札幌地区最北の北部教会から最南の真駒内教会へ行くようになって、それぞれの特色・個性を興味深く再認識しています。
 真駒内教会は、北海教区で4番目に教会員の多い教会です。幼稚園もあり、毎週のCSにもこどもたちが集まってCS礼拝を行っています。4年前に会堂を新築し、毎週の礼拝では会堂がいっぱいになります。毎月1回、私のうかがう礼拝ではいつも聖餐式が行われます。牧師不在の状況で、役員はじめ、各担当者はいっしょうけんめいに教会のつとめにあたっています。水曜日の祈祷会も有志で担って継続しています。
 かえりみて、北部教会では、全体として年代が若いだけでなく、男性信徒の層が厚いことに気づかされました。また、いつも言われていることですが、礼拝をこどもと共にし、手話通訳も行われていることは、大きな恵みです。さらに、毎週礼拝後に昼食を共にすることが教会の交わりをどんなにゆたかに養い支えているかも再認識しました。
 それと共に、二つの教会がふしぎにいろいろなつながりで結ばれていることに気付かされています。それでけでなく、それぞれ地区・教区の交わりのなかにあって、他の諸教会とも互いに幾重にもつながっているのでした。主の見えないはからいに驚くばかりです。

2018年8月12日 (日)

北部日記 8月12日

 6日、広島で行われた原爆死没者慰霊式・平和祈念式で、湯崎英彦広島県知事があいさつの中で次のように語りました。(全文が広島県のホームページに掲載されています。)
       *            *            *
「では,核抑止力の本質は何か。簡単に子供に説明するとすれば,このようなものではないでしょうか。
 『いいかい,うちとお隣さんは仲が悪いけど,もし何かあれば,お隣のご一家全員を家ごと吹き飛ばす爆弾が仕掛けてあって,そのボタンはいつでも押せるようになってるし,お隣さんもうちを吹き飛ばす爆弾を仕掛けてある。一家全滅はお互い,いやだろ。だからお隣さんはうちに手を出すことはしないし,うちもお隣に失礼はしない。決して大喧嘩にはならないんだ。爆弾は多分誤作動しないし,誤ってボタンを押すこともないと思う。だからお前は安心して暮らしていればいいんだよ。』
 一体どれだけの大人が本気で子供たちにこのような説明をできるというのでしょうか。良き大人がするべきは,お隣が確実に吹き飛ぶよう爆弾に工夫をこらすことではなく,爆弾はなくてもお隣と大喧嘩しないようにするにはどうすればよいか考え,それを実行することではないでしょうか。」 
        *            *            *           
 8日には翁長雄志沖縄県知事が逝去しました。沖縄から基地をなくすために命を削って戦いました。それは、基地や爆弾がなくてもお隣と大喧嘩しない「良き大人」であろうとすることであり、そこにはまた、翁長氏が大切にした沖縄の誇りがあったのだと思います。

8月5日「敵意の理由」平和聖日

そのころ、この道のことでただならぬ騒動が起こった。そのいきさつは次のとおりである。デメトリオという銀細工師が、アルテミスの神殿の模型を銀で造り、職人たちにかなり利益を得させていた。彼は、この職人たちや同じような仕事をしている者たちを集めて言った。「諸君、御承知のように、この仕事のお陰で、我々はもうけているのだが、諸君が見聞きしているとおり、あのパウロは『手で造ったものなどは神ではない』と言って、エフェソばかりでなくアジア州のほとんど全地域で、多くの人を説き伏せ、たぶらかしている。これでは、我々の仕事の評判が悪くなってしまうおそれがあるばかりでなく、偉大な女神アルテミスの神殿もないがしろにされ、アジア州全体、全世界があがめるこの女神の御威光さえも失われてしまうだろう。」これを聞いた人々はひどく腹を立て、「エフェソ人のアルテミスは偉い方」と叫びだした。そして、町中が混乱してしまった。彼らは、パウロの同行者であるマケドニア人ガイオとアリスタルコを捕らえ、一団となって野外劇場になだれ込んだ。パウロは群衆の中へ入っていこうとしたが、弟子たちはそうさせなかった。他方、パウロの友人でアジア州の祭儀をつかさどる高官たちも、パウロに使いをやって、劇場に入らないようにと頼んだ。さて、群衆はあれやこれやとわめき立てた。集会は混乱するだけで、大多数の者は何のために集まったのかさえ分からなかった。(使徒19章23~32節)

 今の時代、敵意に満ちたヘイトスピーチが横行し、さまざまな書物、インターネットなどでも悪意や反感のことばがあらわにされています。
 かつて、パウロもいたるところで敵意に直面しました。使徒言行録19章には、エフェソでの迫害のいきさつがくわしく描かれています。
 エフェソはアジア州の首都であり、また女神アルテミスをまつる神殿は「七不思議」のひとつとして有名でした。参拝記念のみやげ物として女神像や神殿の模型もよく売れていたようです。そのみやげ物業者のデメトリオがパウロへの敵意をあおります。それは利益と欲望にもとづくものでしたが、多くの人々が同調して怒り(28節)、わけもわからず騒ぐほどになりました(32節)。炎上する敵意と怒りの底には何があったでしょうか。
 エフェソの繁栄は、ローマに征服された屈辱と引き換えでした。またローマ帝国の発展によって社会が激変し、成功する人々がいるいっぽうで、取り残され、落ちこぼれ、見捨てられていく人々の不安や憤りもたまっていたのでしょう。「エフェソ人のアルテミスは偉い方」(28節)と言う叫びは、昨今の「日本はすばらしい国!」という声と重なって聞こえます。
 パウロはまた、ユダヤ人からの敵意にもさらされました。ユダヤ人もまた異民族に支配される苦しみから救われるために、必死で律法を守って神のゆるしを得ようとしていました。律法をないがしろにするキリスト者のふるまいは神の怒りを招き民族をさらに苦しめるとしてゆるせなかったのです。
 敵意や反感、差別をもって迫ってくる人々もまた、多くの苦しみ、悩み、重荷、不安、恐れを負っています。まずは敵意に抗して人々を守らなければなりません。しかし、そのうえでさらに、「敵を愛し、迫害する者のために祈れ」(マタイ5:44)との主イエスのことばを心に刻みましょう。

2018年8月 5日 (日)

北部日記 8月5日

☆27~29日、CSキャンプが行われました。小学生20名で美唄に行き、美唄教会からも2名が加わりました。22名のうち男の子が19名! 連日暑いさなかでしたが、こどもたちは元気そのもの。おとなのスタッフはへとへとで、「来年はもう、できないかも・・・」と弱気のつぶやきも。
 キャンプは、まずはJRで滝川へ。「こども科学館」で恐竜の骨を見たり、科学あそびを楽しんだり。夕食の後は「お楽しみ会」でゲーム。翌日は、美唄の林産試験場の「グリーンフェスティバル」でいろいろな活動を楽しみました。ジンギスカンの後、高学年は夜のドライブも。3日目は美唄教会の礼拝に出て、お昼は恒例の「流しそうめん」を教会の皆さんといただきました。
 美唄教会の木村牧師には、計画段階からいろいろと現地の情報を提供していただいただけでなく、けっきょくキャンプ中の幼稚園バスの運転も引き受けてくださり、たいへんお世話になりました。また、今回、教会の皆様から献金をいただいたことが、大きな支えになり、予算的には余裕をもって計画することができました。多くの方々に支えられたキャンプを感謝。
☆先週から、北日本3教区で実施する「親子短期保養プログラム」が行われています。東北から6組の親子が札幌を訪れ、金曜日には「さとらんど」で一日楽しむプログラム。この日のお昼の食事を北部教会のチームにお願いし、北海道らしい夏空のもと、さわやかな木陰で、特製ビビンパをいただきました。大震災から年数がたち、「保養」の機会も減ってきている中、多くの参加希望者の一部しか受け入れることができませんでした。わずかの日数ですが、親子にとって、少しでも慰めとなりますよう祈ります。

« 2018年7月 | トップページ | 2018年9月 »