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2018年9月 3日 (月)

北部日記 9月2日

夏の休みをいただき、両親の住む栃木に行ってきました。目的のひとつは、百歳を超えた祖母の見舞いです。施設で過ごしている祖母は、もう言葉も少なくなり、食事も介助が必要な状態です。孫のそらちだと、しばらくはわからないようでしたが、それでも別れ際には、「みなさん、お元気で」とにっこりしてくれました。
 祖母の暮らしは私の両親が見守っていますが、両親もすでに80歳を超えています。「老老介護」が珍しくない、高度な高齢化社会を改めて示されました。
 教会でも、また友人知人の間でも、気が付けば介護や入院、住まいの問題など、高齢化に伴う話題がつきません。しかし、「高齢化」の問題は、介護や看病、暮らしや住まいといった、「身体的」な課題ばかりではないはずです。これまでの人生の楽しい思い出や苦くつらい経験を思い起こしたり、家族や友人たちとのかかわりをふりかえったり、やがて迎える終わりのときへの不安や恐れに向き合ったりという、心の課題にどうかかわるか、この社会での取り組みは進んでいません。
 先週、真駒内教会の会員の方から申し出をいただき、そのご家族の病床洗礼式を執り行いました。高齢で、なおかつ難病のご家族に毎日病室で寄りそいながら受洗を願っておられたのですが、「洗礼を受けいれてから、表情がとても柔らかくなりました」と、ご自身もほっとされたごようすでした。
 高齢化の時代こそ、信仰が求められる時代、希望と慰めとゆるしの福音を必要とする時代なのかもしれません。

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