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2018年10月 6日 (土)

9月30日「私のように」

パウロがこう弁明していると、フェストゥスは大声で言った。
「パウロ、お前は頭がおかしい。学問のしすぎで、おかしくなったのだ。」
パウロは言った。「フェストゥス閣下、わたしは頭がおかしいわけではありません。真実で理にかなったことを話しているのです。王はこれらのことについてよくご存じですので、はっきりと申し上げます。このことは、どこかの片隅で起こったのではありません。ですから、一つとしてご存じないものはないと、確信しております。アグリッパ王よ、預言者たちを信じておられますか。信じておられることと思います。」
アグリッパはパウロに言った。「短い時間でわたしを説き伏せて、キリスト信者にしてしまうつもりか。」
パウロは言った。「短い時間であろうと長い時間であろうと、王ばかりでなく、今日この話を聞いてくださるすべての方が、私のようになってくださることを神に祈ります。このように鎖につながれることは別ですが。」       (使徒26章24~29節)

 パウロは、新任のローマ総督フェストゥスと、ユダヤの一部を支配していたアグリッパ王の前で、自分の信仰について語る機会を与えられました。
 主イエスと出会って、主の証人としての使命を与えられたことを語り、自分が証してきたのはメシアが苦難を受けて復活し、ユダヤ人にも異邦人にも救いをもたらすということであり、これこそ旧約聖書に書かれたことの実現だ、と締めくくります(22~23節)。
 パウロは、「すべての方が私のようになることを祈る」と言い切ります(29節)。伝道の強い思いが込められたことばです。私たちは、そのように強い思いをもって福音を宣べ伝えることでしょうか。
 この、「私のように」とは、具体的にはどういうことでしょう。
 なによりまず、「私のようにキリストに出会ってほしい」 という願いがあるでしょう。パウロがまったく思いもよらず主イエスに出会ったように、私たちも主イエスとの出会いをそれぞれに与えられてきました。そして、親しい人、大切な人、まわりの人々もまた、私のように、主イエス・キリストとの出会いが与えられるようにと祈るのです。
 そしてその出会いの中で、パウロは主の証人としての使命を与えられました。生涯の歩みを通して主イエス・キリストがどういう方であるかを示す使命は、私たちにも与えられています。
 主を証しするのは、私たち自身の生き方です。私たちも、パウロと同じように、神の約束の実現を希望として抱いています(6~7節)。キリストの十字架と復活によって、世界の民に光として告げられた救いを希望としているのです。希望をもって生きる私たちの生き方が、主を証しします。誰もが、この希望をもって生きるものとなるように、私たちも神に祈るのです。 

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