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2018年12月 8日 (土)

12月2日 「力の源」

民は皆、水の門の前にある広場に集まって一人の人のようになった。彼らは書記官エズラに主がイスラエルに授けられたモーセの律法の書を持って来るように求めた。祭司エズラは律法を会衆の前に持って来た。そこには、男も女も、聞いて理解することのできる年齢に達した者は皆いた。第七の月の一日のことであった。彼は水の門の前にある広場に居並ぶ男女、理解することのできる年齢に達した者に向かって、夜明けから正午までそれを読み上げた。民は皆、その律法の書に耳を傾けた。(ネヘミヤ8章1~3節)
 
 バビロン捕囚から解放されて帰ってきたユダの民は、困難と妨害を乗り越えてようやく神殿を再建し、エルサレムの城壁を修復しました。しかし、かつてのような独立の回復は不可能です。彼らは、モーセの律法に基づく宗教共同体として、歴史を歩んでいくこととなります。ネヘミヤ記8章は、そのような共同体としての新たな出発となる、重要な場面です。
 広場に集まった人々に、エズラが律法を読み聞かせ、レビ人たちが解説しました。律法は単なる宗教上の掟ではありません。かつてエジプトで奴隷としてばらばらだった人々が、神と契約を結び、信仰によってひとつにまとまり、神のみこころに基づく共同体、神の民を形作っていくための定めです。神のみこころに従う神の民、共同体を形作ることが律法の目的なのです。
 その律法を再び示されて、民は泣きました(8節)。かつて、この律法に基づいて神の民が形作られるはずだったのに、自分たちはその歩みを誤って、神のみこころにそむき続け、ついに国は滅ぼされ、捕囚の苦しみと再建の労苦を負うに至ってしまったのです。その罪と、失ったものの大きさを思い、後悔と嘆きの涙を流したのでしょう。
 しかし、ネヘミヤやエズラは、「今日は主に献げられた聖なる日」とよびかけ、喜び祝うよう促します(9~10節)。自分たちの罪にまさる神のみわざに心を向け、このような罪深い我々と、それでも共にいてくださる神の愛とあわれみを感謝し喜び祝うことが、神の民として新しく歩みだす「力の源」となるのです。
 それからはるか後、神は御子を送り、新しい神の民の形成を導きました。御子を迎えるクリスマスを、主に献げられた日として喜び祝いましょう。それが、新しい神の民、教会の歩みの「力の源」となるでしょう。
 
 
  
 

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