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2019年1月 5日 (土)

12月30日「永遠の命」

 神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。それが、もう裁きになっている。悪を行う者は皆、光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないからである。しかし、真理を行う者は光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。 (ヨハネ3章16~21節)
 
 16節は、クリスマスの意味を端的に示しています。こどもさんびか49「かみさまはそのひとりごを」は、この句をもとに作られました。作詞者の由木康牧師は、「永遠の命を得るため」という聖書のことばから「新しい命を受けて いつまでも生きるためです」と書きました。「永遠の命」とは、「いつまでも生きる」という時間的なことだけではなく、「新しい命を受ける」こと、命の質が変わることを含んでいるのです。
 ヨハネ福音書5:24には、「永遠の命を得、死から命へ移っている」とあります。「移っている」は現在完了形で記されています。永遠の命とは、将来のことではなく、今、ここで、起こることです。今を生きる命が、死で終わるようなものではなくなっている、ということです。
 山浦玄嗣さんは、3章16節の「永遠の命」という句を、「いつでも明るくいきいきと生きる力」と訳しています。御子を信じる者が、病に脅かされ、死に直面しようとも、それに屈服することなく、なお明るくいきいきと生きる、そういう不思議があります。
 さて、永遠の命は「裁かれない」ことと関連します(5:24、3:17~18)。山浦さんは、3:18の「裁かれない」という語を、「善いも悪しいも言われない」と訳しています。神は、御子に頼る者を、いい悪いを言わず無条件で受け入れてくださる、というのです。そのように信じるとき、わたしたちはどんなときもいきいきと生きる力を与えられるのです。
 今年を終えようとしています。悔やまれること、至らなかったことが数々あります。それでも、神は御子を頼る者を無条件で受け入れてくださいます。その信頼が、新しい日々をいきいきと生きる力を与えてくれるのです。

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