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2019年4月

2019年4月28日 (日)

北部日記 4月28日

☆先週はイースター礼拝を喜びささげることができました。毎年恒例の、礼拝後の記念写真も、にぎやかに笑いさざめきながら無事に撮影。それでも、今年は入院中や療養中の方が多く、さびしい思いもつのります。その後、何人かの方々のところへ病床聖餐式に赴きました。パンと杯を分ちあうことを通し、ひとりで入院・療養されている方々も、主の恵みのしるしに結ばれて教会のみんなとにつながっていることを、ひとしお深く覚えることができました。
☆今日は、教会総会です。教会の一年の歩みをふりかえり、新しい一年への展望を共にします。昨年は、太平こどもの家の40周年という節目の年でした。また牧師が他教会の代務や教団のつとめに用いられることとなり、そのぶん、信徒が教会を支える働きを自覚させられました。今年度は、わたしたちの教会の会員相互、そして他教会とのきずなをいっそう深め、さらに社会の動向とむきあっていくことがいっそう重要になっていくでしょう。礼拝を中心に、祈りを深めていきたいと思います。
☆受難週に、父が天に召されました。葬儀は、関係の深かった「アジア学院」で行われました。キリスト教にもとづく農業指導者養成のための学校で、世界中から学生がやってきます。卒業生たちは、各国で地域の生活向上のために、また人々の和解と平和のために働いています。父は、幼い頃の戦争体験から、平和な家庭の生活が守られることを生涯のテーマとして、研究や活動、そして自分の家庭生活に携わってきました。そんな歩みにふさわしい場所で、父らしい葬儀となったと思います。札幌北部教会からも温かいメッセージをいただきました。ありがとうございました。

2019年4月27日 (土)

4月21日「傷の痛み」 イースター礼拝

十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」 (ヨハネ20章24~29節)

 主イエスの復活を容易に信じなかったトマスは、うたがい深いひねくれた人物と思われがちです。しかし、ヨハネ福音書の他の場面からは、むしろ純真でまっすぐな性格がうかがえます。危険な道に向かう主イエスと共に死ぬ覚悟を表明したり(11:16)、主イエスの行く道について尋ねたり(14:5)しています。トマスは、どこまでも主イエスについて道を歩んでいきたいと、心から願っていたのです。
 それなのに、けっきょく、主イエスの道をたどることはできませんでした。主イエスはひとり十字架におもむき、トマスはついて行くことができなかったのです。主イエスが十字架でこうむった手とわき腹の深い傷は、トマスにとって、主に従っていけなかった自分自身の弱さ、情けなさ、罪のしるしでした。その罪の痛みを誰よりも鋭く感じていたために、主イエスがよみがえったと喜ぶ他の弟子たちに対し、どなりつけるように「わたしは信じない」と言い張ったのでしょう。
 けれども、弟子たちに傷を示したとき、主イエスはくりかえし「あなたがたに平和があるように」と告げています(19~21節)。この主のことばには、傷をもたらした痛みを癒す力、罪を赦す力がありました。だからこそ弟子たちは、罪のしるしの傷をつきつけられながら、なお喜ぶことができたのです。
 トマスもまた、「平和があるように」という赦しのことばを聞きました(26節)。そのみことばの力によって、傷を負わせた痛みを癒され、罪の赦しを知ったトマスは「わたしの主、わたしの神よ」と主をたたえたのです。
 赦しをもたらした主イエスは、こんどは弟子たちが赦しを携えていくように促し、遣わします(21~23節)。今、わたしたちも主のみことばを聞きます。傷の痛みを抱えていても、復活の主の赦しを信じ、携え、遣わされていきましょう。

2019年4月26日 (金)

教会バザー

札幌北部教会の恒例のバザーを5月26日(日)12:30~14:30に行います。

 

 

4月30日ほっと広場

4月30日、太平こどもの家のほっと広場は通常通り行います。幼稚園・小学生など、大きいお子さんたちも連れてどうぞおいでください。

 

 

2019年4月19日 (金)

4月14日「わたしである」

こう話し終えると、イエスは弟子たちと一緒に、キドロンの谷の向こうへ出て行かれた。そこには園があり、イエスは弟子たちとその中に入られた。イエスを裏切ろうとしていたユダも、その場所を知っていた。イエスは、弟子たちと共に度々ここに集まっておられたからである。それでユダは、一隊の兵士と、祭司長たちやファリサイ派の人々の遣わした下役たちを引き連れて、そこにやって来た。松明やともし火や武器を手にしていた。イエスは御自分の身に起こることを何もかも知っておられ、進み出て、「だれを捜しているのか」と言われた。彼らが「ナザレのイエスだ」と答えると、イエスは「わたしである」と言われた。イエスを裏切ろうとしていたユダも彼らと一緒にいた。イエスが「わたしである」と言われたとき、彼らは後ずさりして、地に倒れた。そこで、イエスが「だれを捜しているのか」と重ねてお尋ねになると、彼らは「ナザレのイエスだ」と言った。すると、イエスは言われた。「『わたしである』と言ったではないか。わたしを捜しているのなら、この人々は去らせなさい。」それは、「あなたが与えてくださった人を、わたしは一人も失いませんでした」と言われたイエスの言葉が実現するためであった。シモン・ペトロは剣を持っていたので、それを抜いて大祭司の手下に打ってかかり、その右の耳を切り落とした。手下の名はマルコスであった。イエスはペトロに言われた。「剣をさやに納めなさい。父がお与えになった杯は、飲むべきではないか。」(ヨハネ18章1~11節)  
 主イエスの逮捕という衝撃の場面を、ヨハネ福音書は他の福音書とは違う語り口で描いています。
 裏切り者のユダは、敵の手の者たちを案内してきましたが、この場面をよく読むと、それ以上なにもしていません。ヨハネ福音書は、彼の裏切りを主イエスはあらかじめ知っており、それどころか彼の決断は主イエス自身の働きかけによるものであったように記しています(13章21、27節)。主イエスの十字架という決定的に重大なできごとをくわだて、成し遂げたのは、ユダではないのです。ユダヤの権力者たちでもローマ総督ピラトでもなく、ほかならぬ主イエスご自身が、父なる神の御心に従って成し遂げたみわざなのです。
 主イエスは敵を前に、「わたしである」と名のります。これは、モーセに対し、ご自身を「わたしはある」と名乗られた、神の名のりと同じです(出エジプト3:14)。主イエスは、捕らえられる場面で圧倒的な神としてのご自身を示しています(6節)。十字架の苦難は、神である主イエス・キリストご自身の意志であり、計画であり、みわざであることを示しているのです。
 主イエスが「わたしである」と名乗ったのはまた、弟子たちをかばい守り救うためでもありました(8~9節)。十字架の主イエス・キリストは、ご自身に属する者を、かばい守り救う神なのです。
 「わたしである」「わたしはある」とはまた、「わたしはいる」と訳してもかまいません。弟子たちには思いもよらなかった裏切りと苦難、恐怖と絶望のできごとのただなかに、神としてわたしたちをかばい守る主イエス・キリストが「わたしはいる」と宣言されているのです。
苦難のなかで、「わたしである」「わたしはある」「わたしはいる」と宣言される主イエス・キリストを見あげましょう。

2019年4月14日 (日)

北部日記 4月14日

 4月もなかばとなります。道路ぎわに山と積もっていた雪もすっかり消え、ようやく春めいてきました。暖かい春の陽ざしに、仕事のあいまについつい外へと誘われます。
 花壇にはいちはやくクロッカスが咲き、よくみると片隅にギョウジャニンニクが伸びています。春の味、ヤマワサビもそろそろ楽しみ。雪の下で冬を耐えた草木が日ごとに芽をふくらませ葉を広げてきています。
 雪の下から出てくるのは、草の芽ばかりではありません。ひと冬のあいだ隠れていたゴミも現れてきます。隠しておいたはずの過去があらわにされる心もちにも似て、そしらぬ顔で見て見ぬふり・・・。
 冬の間さぼっていた、カメの水槽の掃除をしました。掃除の間、カメもつかのまのひなたぼっこです。かわいそうなほど甲羅につもった数か月分の汚れもぬぐってさっぱり。冬の間も暖かい部屋なので、冬眠はしませんが、動きは鈍くなります。春と共に動きが活発になり、誰もいないはずの部屋に突然がさごそと音が響いてぎょっとさせられることも。
 北海道の春は、長い冬から解放された喜びがみなぎります。いたるところに命が芽吹き、色彩を失っていた景色がみるみる多彩にいろどられ、力と熱を取り戻した光に促されるように、人も動物も生気を取り戻して動き回り始めます。
 この季節に、イースターを迎えます。いのちがよみがえる不思議なまでの感動を、理屈ぬきに心からの喜びと共に全身で味わうことができるのは、冬きびしい北国ならではの恵みです。希望の春のおとずれを、喜びと感謝をもって祝いましょう。
 

2019年4月13日 (土)

4月7日「わたしの名によって」

 わたしはこれらのことを、たとえを用いて話してきた。もはやたとえによらず、はっきり父について知らせる時が来る。その日には、あなたがたはわたしの名によって願うことになる。わたしがあなたがたのために父に願ってあげる、とは言わない。父御自身が、あなたがたを愛しておられるのである。あなたがたが、わたしを愛し、わたしが神のもとから出て来たことを信じたからである。わたしは父のもとから出て、世に来たが、今、世を去って、父のもとに行く。       (ヨハネ16章25~28節)


 教会生活を始めたころ、祈りのことばをどう整えたらよいか、戸惑ったのではないでしょうか。はじめに神への呼びかけのことばがあり、讃美・罪の告白・願い・とりなし・感謝などを述べたあと、最後に「主イエス・キリストの御名によって祈ります」と言います。これはどういう意味でしょうか。
 主イエスは、捕らえられて十字架にかけられることになる直前、弟子たちに「その日には、あなたがたはわたしの名によって願うことになる」(26節)と告げました。「その日」とは、十字架とそして復活が成し遂げられたときを意味します。それまでは、弟子たちが神に願い祈るのではなく、主イエスが弟子たちと生活を共にしながら彼らのために願い祈ってきました(24、26節)。しかし、主イエスの復活と昇天の後、地上に残された弟子たちは、主イエスの名によって、父なる神に直接願い祈るようになるというのです。
 ところで、「わたしの名によって」(26節)を直訳すると「わたしの名の中で」となります。「主イエス・キリストの御名の中で祈ります」とは、祈るわたしが主イエス・キリストに所属することの表明です。わたしたちは、キリストに属する者たちの群の中で祈っているのです。関田寛雄牧師は「個人は常に神の民の一員として祈るのであって、祈りにおいて彼は歴史の主のみわざに参与する」と記しています。
 主イエスは、弟子たちの群に対して「あなたがたはわたしの名によって願うことになる」と告げました。「あなたがた」つまり弟子たちの群、教会は、キリストの名によって祈る共同体、祈りの共同体となりました。わたしたちは、ひとりで祈るときでも、キリストの名のもとにある祈りの共同体の中で祈っているのです。わたしの祈りがどんなにつたなくとも、それはキリストの体である教会の祈りであり、キリストがご自身の祈りとしてくださるでしょう。
 

 

2019年4月 7日 (日)

北部日記 4月7日

新元号が発表されました。メディアでは飽きるほど繰り返し話題としてとりあげられ、あたかもこの世のすべてが新元号に染まっていくような演出がなされています。しかし、世界の人々からすれば、ある国のカレンダーの書き方の問題にすぎません。

今回、初めて中国の古典ではなく日本の『万葉集』を根拠として元号の文字が選ばれました。それを「日本らしさ」と評価する声が紹介されますが、そもそも「元号」という制度そのものが中国にならったものです。根拠とされた万葉集の文章じたい、中国の詩文に基づくものと指摘されています。「日本の伝統」を強調すればするほど、わたしたちは始めから隣国との関係に生かされ養われてきたことが明らかにされてきます。

歴史的には、元号は支配者が定め、その支配下にある人々に使わせるものでした。逆に、ある支配者が定めた元号を用いないことは、その支配を認めないということでした。日本でも、京都の朝廷が元号を新しく定めても古い元号を使い続けることで政権への異議を表明した例は多くあります。室町時代、朝廷が南北に分裂し、それぞれ別々に元号を定めていたとき、各地の有力者たちは、どの元号を使うかでどちらの朝廷を支持するかを明らかにしていました。元号は、きわめて政治的な意味をもつ道具なのです。

 わたしたちは、「キリスト者だから、元号ではなくキリスト紀元(西暦)を用いる」とも主張します。しかし、それ以前の問題として、「元号を定め使わせるのは、人が人を支配するしるし」ということをこそ、しっかり心にとめておかねばなりません。

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