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2019年7月

2019年7月21日 (日)

北部日記 7月21日

 毎年8月15日、札幌キリスト教連合会の「8・15平和祈祷集会」が行われます。昨年の集会では、たまたま父・久世了が講師として「こどもとしての戦争体験」のテーマで学童疎開の体験などをお話ししました。その後、「録音を貸してほしい」「文章化してほしい」との要望もあったのですが、残念ながら録音に失敗し、文字にすることもできずにいました。
 年が明けて父が倒れた頃、「久世了先生の講演の記録です」と冊子が届きました。昨年の暮れ、8月の集会とほぼ同内容で講演をしていて、それを主催者が書き起こしてまとめてくださっていたのです。
この講演は、東京にある社会福祉法人「しおん保育園」の研修会でなされたものです。「しおん保育園」は、キリスト教に基づき、保育園ふたつと地域子育て支援センター、そして障がい者のための「しおん学園」を運営しています。理事長の早川寿美子さんともうお一人の先生が、若いころ札幌で月寒教会に通っていて、その時以来ふたりとも両親と親しく交流してくださっています。そのつながりで研修会の講師に呼んでくださっていたのです。結果的にこれが父の生涯最後の講演となりました。
 「しおん保育園」の関係者は、毎年夏、石狩に「合宿」に来ているそうです。昨年7月の合宿の際、はじめて北部教会の礼拝にみんなで出席してくださいました。今年もまた礼拝に出たいと連絡がありました。神様のふしぎな導きとはからいを感謝しながら、共に主の前に出て礼拝をささげたいと思います。

2019年7月20日 (土)

7月14日 「招かれてひとつ」

そこで、主に結ばれて囚人となっているわたしはあなたがたに勧めます。神から招かれたのですから、その招きにふさわしく歩み、一切高ぶることなく、柔和で、寛容の心を持ちなさい。愛をもって互いに忍耐し、平和のきずなで結ばれて、霊による一致を保つように努めなさい。体は一つ、霊は一つです。それは、あなたがたが、一つの希望にあずかるようにと招かれているのと同じです。主は一人、信仰は一つ、洗礼は一つ、すべてのものの父である神は唯一であって、すべてのものの上にあり、すべてのものを通して働き、すべてのものの内におられます。(エフェソの信徒への手紙4章1~6節)
 教会には、じつにさまざまな人々が集まっています。年齢も違い、経歴も社会的立場も異なります。負っている人生の重荷も、教会に来たきっかけも、聖書の読み方や信仰生活のスタイルもそれぞれです。
 自分にとって好ましい人ばかりが来ているわけではありません。だれがこの教会に来るのか、目に見える条件はありません。なぜか、この顔ぶれのひとりひとりがふしぎにもここに来るようになったのです。
 それを聖書は「招かれた」と表現します。神が、なぜか、この人たちひとりひとりを招いて、ここに、いっしょの席に着かせたのです。だから、神に招かれた人のことを、拒んだりさげすんだり、退けたりすることはできません。神の招きを、大切に受けとめるのです。
 しかし、それは決して簡単ではありません。自分とはあまりに違う人と出会い、いっしょに過ごすのは、時に大きなストレスです。どうしても共感できず、考えを共有できず、隔てを生じ、食い違い、対立し、遠ざかってしまうのです。
 けれども、「一つ」ということは、「同じ」ということではありません。招かれた者たちは、同じだから招かれたのではありません。ただひとつ、共通なのは、「神に招かれている」「神によってここに存在している」ということです。その一点が、希望です。神がいっしょにしてくださったのだから、この人とさえいっしょになれる、と信じるのです。
 教会の中だけではありません。違う者たちがそれでもいっしょになって、互いの存在を大切にし、共に生きていくのは、この社会の大きな課題です。教会は、この世にあって、違う者がいっしょに生きていく希望の姿を示していく使命があるのです。
 

 

2019年7月14日 (日)

北部日記 7月14日

 参議院選挙が行われます。ニュースでも、選挙運動のようすや、各党の掲げる政策・主張が報じられています。先日、礼拝後に「選挙カフェ」を行って、いまの社会状況や、何をだいじにして投票したらいいか、クイズ形式で楽しくわかりやすく考える時をもちました。
 しばらく前のことです。道外の教会に通うある方と話をしていたら、「憲法には『政教分離』が定められているから、教会では政治の話をすべきではない」と言うので、「それは『政教分離』の意味を取り違えていますよ」と、思わずいきおいこんで語ってしまいました。
 「政教分離」は、とくに西欧の長い歴史の中で形作られてきた、社会の知恵です。かつては政治(国家)と宗教(教会)がつながっていたために、宗教戦争や宗教弾圧など、悲惨でむごいできごとが繰り返されてきました。そういった悲惨を避けるために、教会(宗教団体)と国家(政府)が互いを利用したり干渉したりしない、というルールが形作られてきたのです。
「政教分離」のありかたは、国によって、その歴史的経緯から少しずつニュアンスが異なります。教会の力が強かったフランスでは、「宗教が政治に介入しない」ことを主としているといいます。多様な移民から成り立ったアメリカでは、「政府が特定の教派(宗教団体)に基づくものとならない」ことが出発点です。日本国憲法は、戦前の歴史を踏まえ、「国家が宗教を利用・干渉しない」ことを厳しく定めています。
 教会は、国家の干渉・介入をしりぞけつつも、信仰と愛にもとづいてこの世の苦悩や重荷に目を向け、それをどう担い、また解決していくべきか、考えまた語っていくつとめを負っているはずです。

2019年7月13日 (土)

7月7日 「わかってくれたら」

こういうわけで、わたしは御父の前にひざまずいて祈ります。御父から、天と地にあるすべての家族がその名を与えられています。どうか、御父が、その豊かな栄光に従い、その霊により、力をもってあなたがたの内なる人を強めて、信仰によってあなたがたの心の内にキリストを住まわせ、あなたがたを愛に根ざし、愛にしっかりと立つ者としてくださるように。また、あなたがたがすべての聖なる者たちと共に、キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解し、人の知識をはるかに超えるこの愛を知るようになり、そしてついには、神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかり、それによって満たされるように。(エフェソの信徒への手紙3章14~19節)

 「キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さ(18節)」とは何を表すのでしょう。
 「広い愛」は「狭い愛」の反対だと考えると、相手を限定せず、どんな人もとりのこすことのない愛のことでしょうか。
 「深い愛」は、「心にしみる愛」「思慮深い愛」「どんな状況でも揺るがない愛」などの意味でよく使われます。しかし「高い愛」とはふつう言いません。あえて意味を考えれば、天の高みからくる崇高な愛、愛の神聖さのことでしょうか。そして、「深さ」を、このような「高さ」と対比して考えれば、世の中の底辺とされる人々、あるいは人の心のどん底、さらにはもっとも深い罪の奥底にまで及ぶ愛、という意味にとれます。
 「長さ」は、ここでは時間の長さではなく、距離をいう語のようです。「長い愛」とは、目の前の相手だけでなく、遠くにまでおよぶ愛でしょうか。
 こうしたキリストの愛は、「人の知識をはるかに超える(19節)」とほうもなく大きな愛です。こういう愛を、わかってほしい、そしてその豊かさにあずかるように、満たされるように、という切なる祈りがここにあります(14節以下)。
 この祈りは、2章にくわしく述べられている「キリストの体」「神の家族」「神の住まい」としての教会のための祈りです。あなたがたには、キリストの愛を、もっともっとわかってほしい、それをわかってくれたら、あなたたちはその愛にいっそうゆたかに満たされ、愛に根ざし、愛にしっかりと立って、キリストの体として成長し、建てられていくだろうと祈っているのです。
 これは、「あなたがた」のための祈りです。「あなたがた」とは、もちろん、この手紙の当時の読者である教会のことですが、そこには、時を超えて今この手紙を読むわたしたちも含まれています。わたしたちの教会もこの祈りの中におかれているのです。

 

2019年7月 7日 (日)

北部日記 7月7日

 教団で発行している月刊の『こころの友』は、毎号の1面で、各地でよい働きをしているキリスト者を紹介しています。この7月号では、三浦結さんがとりあげられました。自然環境を学んでいましたが、今は高校の教師として生徒たちに自然の奥深さを教えていることなどが書かれています。留萌宮園伝道所の三浦忠雄牧師のご子息です。
 三浦結さんが勤めているのが、母校でもある山形県の基督教独立学園高校です。無教会派の信仰者、鈴木弼美(すけよし)によって創立され、聖書と自然と労働を通し、聖書の示す平和と正義を求める教育方針によってユニークな教育を実践している学校です。全校生徒約70名の少人数教育で、全員が寮に入り、勉強と共に農作業や炊事・洗濯など、共同生活を営んでいます。
 先日、この学校で3年生となった息子から相談がありました。毎年、3年生は、3週間近くにわたる修学旅行に赴きます。どこに行き何をするか、自分たちで計画を立てて準備します。今年は北海道で農業体験や知床の自然観察を行い、最後は札幌に来て北部教会に宿泊したいというのです。役員会にはかって了承しました。
 一行は引率の教師を含め23名、寝袋持参、食事は自炊で、北部教会の礼拝に出席した後、午後は博物館見学などに赴きます。うどん食堂は壮年会が担当ですので、得意のカレーライスをたっぷり準備する予定です。また、この日の夜には壮年会・女性の会で協力してチャリティー・ジンギスカンを行うこととしました。次週の教会は若い人たちであふれることでしょう。

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