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2019年7月13日 (土)

7月7日 「わかってくれたら」

こういうわけで、わたしは御父の前にひざまずいて祈ります。御父から、天と地にあるすべての家族がその名を与えられています。どうか、御父が、その豊かな栄光に従い、その霊により、力をもってあなたがたの内なる人を強めて、信仰によってあなたがたの心の内にキリストを住まわせ、あなたがたを愛に根ざし、愛にしっかりと立つ者としてくださるように。また、あなたがたがすべての聖なる者たちと共に、キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解し、人の知識をはるかに超えるこの愛を知るようになり、そしてついには、神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかり、それによって満たされるように。(エフェソの信徒への手紙3章14~19節)

 「キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さ(18節)」とは何を表すのでしょう。
 「広い愛」は「狭い愛」の反対だと考えると、相手を限定せず、どんな人もとりのこすことのない愛のことでしょうか。
 「深い愛」は、「心にしみる愛」「思慮深い愛」「どんな状況でも揺るがない愛」などの意味でよく使われます。しかし「高い愛」とはふつう言いません。あえて意味を考えれば、天の高みからくる崇高な愛、愛の神聖さのことでしょうか。そして、「深さ」を、このような「高さ」と対比して考えれば、世の中の底辺とされる人々、あるいは人の心のどん底、さらにはもっとも深い罪の奥底にまで及ぶ愛、という意味にとれます。
 「長さ」は、ここでは時間の長さではなく、距離をいう語のようです。「長い愛」とは、目の前の相手だけでなく、遠くにまでおよぶ愛でしょうか。
 こうしたキリストの愛は、「人の知識をはるかに超える(19節)」とほうもなく大きな愛です。こういう愛を、わかってほしい、そしてその豊かさにあずかるように、満たされるように、という切なる祈りがここにあります(14節以下)。
 この祈りは、2章にくわしく述べられている「キリストの体」「神の家族」「神の住まい」としての教会のための祈りです。あなたがたには、キリストの愛を、もっともっとわかってほしい、それをわかってくれたら、あなたたちはその愛にいっそうゆたかに満たされ、愛に根ざし、愛にしっかりと立って、キリストの体として成長し、建てられていくだろうと祈っているのです。
 これは、「あなたがた」のための祈りです。「あなたがた」とは、もちろん、この手紙の当時の読者である教会のことですが、そこには、時を超えて今この手紙を読むわたしたちも含まれています。わたしたちの教会もこの祈りの中におかれているのです。

 

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