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2019年8月

2019年8月31日 (土)

だるま森+えりこ 公演

9月6日 太平こどもの家OB会主催のステージがあります。
収益は、福島からの親子を迎える保養プログラム「にじいろのつばさプロジェクト」のために用います。

 

Darumamori

8月25日「神の武具」

最後に言う。主に依り頼み、その偉大な力によって強くなりなさい。悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。だから、邪悪な日によく抵抗し、すべてを成し遂げて、しっかりと立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。(エフェソの信徒への手紙6章10~13節)

 きょうの箇所は、一読すると武器に頼るような表現に違和感を覚えるかもしれません。けれども、「強くなりなさい」(10節)とは敵にいどみかかることではありません。繰り返し「立つ」と言われている(11、13、14節)ように、襲いかかってくる力に打ち倒されず立ち続ける抵抗力を「強さ」といっているのです。「邪悪な日(13節)」つまり「邪悪な時代」にあって、それに負けず、のみこまれず、立ち続けるようにと励まされています。戦う相手は「血肉」つまり生身の人間ではなく、人間を超えた力、人を惑わし、動かし、苦しみと滅びをもたらしている悪そのものなのです(12節)。
 先日亡くなった父は、幼い頃に戦争によって人生の重荷を負わされ、生涯を戦争に立ち向かって歩みました。悪い時代をもたらす悪そのものを見極め、主により頼み、その偉大な力によってしっかりと立って、生身の人間ではなく、人の心をまどわす力を相手に戦うために、神の武具を身にまとう生き方であったと思います。
 14節以下に列挙されている武具は、いずれも身を守るための装備です。唯一の攻撃的な武器として「霊の剣、すなわち神のことば」があげられますが、「神のことば」が「祈り」(18節)のことだとすれば、これもやはり身を守るためのものでしょう。困難な時代の中、それでもなおみこころに立ち続けるための神の守り、すなわち神の武具があるのです。
 これらのたとえは、原文では「あなたがたは」と複数形で語られています。当時、固いきずなで結ばれ、互いを守りかばいあって戦ったローマの兵士たちの部隊がイメージされているのです。わたしたちはひとりで悪に立ち向かうのではありません。教会は、共に神の武具に守られた信仰の仲間、共同体としてかばいあい支えって、この時代に立ち続けるのです。

 

2019年8月25日 (日)

北部日記 8月25日

 北海教区で長く財務の責任を負っている信徒の方が、あるとき、ふと語ったことばが忘れられません。「今の若い人たちからみれば、『年金暮らし』は、とてもうらやましい境遇です。少なくとも数年先まで定期的な現金収入が確実なのだから。今の若い人たちは、働いてもなかなか充分な収入が得られず、その仕事でさえ来年にはどうなっているかわからないんです」。この方は、公務員として福祉にずっとたずさわってきた方ですから、それだけシビアな重みを感じました。

 「教会は高齢化して年金生活者ばかりだから、若い人たちにもっと教会にきてほしい」と言われることがあります。高齢者は教会もそろそろ「引退」して、若い人に教会を担ってほしい、という思いでしょうか。しかし、今の時代の現実からすれば、同じことばでもまったく逆に、「教会には、額は少なくても確かな収入のある高齢者が多いのだから、将来を見通せない若い人たちをもっと教会で支えていきたい」という意味が生じてくるのかもしれません。 

 この夏のCSキャンプに、教会員の皆さんに支援をよびかけ、多くの献金をいただきました。それで、とくに若いスタッフの費用負担を軽くすることができました。そもそも、こどもを持つ若い家庭にとって教会のキャンプは、わずかな負担でこどもたちに夏の楽しい思い出を与えることができる、とてもありがたい機会なのでしょう。教会の予算や教会員の献金が、確かに若い世代を支えはぐくんでいるといえます。今の時代の教会の役割をあらためて考えさせられるのです。

 

2019年8月18日 (日)

北部日記 8月18日

 8・15平和祈祷集会では戦争の時代の体験者の手記が読まれました。北部教会からも、T橋さんとR子さんに書いていただきました。
 「毎朝の校長の訓辞は『君らは天皇のために命をささげるために生まれてきた』と同じことを繰り返しのべ続けた。学校には配属将校というのがいて、『きさまらは戦争のときに少しでも役に立つように教育するのだ』と。・・・一年一年戦況が厳しくなるにつけ、学校の教育内容も英語は駄目、軍事訓練の日々が続きました。毎日手りゅう弾の訓練で、ほふく訓練といって地面をはいつくばって前進するものでした。教官は、『北海道は室蘭の港にアメリカが上陸する、その時は三つの手りゅう弾を与えるから、二個はアメリカへ、一個は自決するために使え』」(T橋さん)
 「ソ連兵が来るぞ・・・と大きな声が聞こえました。えっ戦争が終わったのに。隣には日本の兵隊さんがいっぱいいる軍人会館だから安心だ・・・と思っていましたが、そこには日本の兵隊さんは誰もいなくなり・・・軍服を脱いで逃げたと聞かされました。・・・母と一緒に買い物で街にでかけると、私は千円の値を勝手につけられて中国人に手を引かれそうになり日本人の大人に何度か守られました。それから顔を黒く塗り頭はボサボサ髪にして、落ち着かない日々を過ごしていたある日、『汽車が出るぞ』の声に喜び乗り込んだのは屋根のない貨車で、立ったままで坐るのは交代で坐り、お互いがいたわり合いました。貨車は駅ではない所で途中停車し、用をたしたり中国人から食べ物を買ったりしての貨車の日々が続きました。」(R子さん)

2019年8月17日 (土)

8月11日「キリストのように」

キリストに対する畏れをもって、互いに仕え合いなさい。 (エフェソの信徒への手紙5章21節)
 それぞれの家庭での苦労や困難について、教会の中でも話題にしづらいかもしれません。しかし、最初の頃の教会では、きっとそんなことも教会の信仰の交わりの中で受けとめられていたのでしょう。エフェソの信徒への手紙では、そんな状況を前提に、「妻と夫」「子と親」そして「奴隷と主人」といった、家庭の問題についての教えが記されています。21節は、「妻と夫」の関係だけでなく、家庭のことがら全般についての原則です。
 キリストに対する「おそれ」とは、こわがり、おびえることではなく、「うやまう」「とうとぶ」「畏敬」「敬意」「尊重」という意味です。家族に対し、そういう「敬意」をもって、「互いに仕えあいなさい」というのです。これは当時の社会では衝撃的な教えでした。家庭は、夫であり父であり主人であるものが一方的に支配し、仕えさせるものだったからです。当時の常識は、「妻は夫に対するおそれをもって夫に仕えなさい」「子は父に対するおそれをもって父につかえなさい」というものでした。しかし、ここでは夫・父・主人に対し、「互いに仕えあいなさい」とうながしているのです。
 この、家庭生活についての教えは、4章17節以下の、新しい生き方へのうながしの一部です。信仰者は、教会で、キリストに学び、新しくされます。そういうキリスト者にとって、教会だけでなく、家庭もまた、キリストのもとに互いに仕えあう関係によって成り立つところとなります。信仰をもつとき、それぞれのプライベートな家庭生活からして変わっていくのです。
 現実には、家庭生活、家族との関係を変えていくのは容易ではありません。家庭のありかたは、生活のなかでもなかなか変えられないところです。しかし、キリストは、そこからして私たちを新しくすることができます。そこに希望があるのです。

2019年8月11日 (日)

北部日記 8月11日

 毎年8月、福島の親子を迎えての「短期保養プログラム」が行われてきました。これまでは、北海・奥羽・東北の3教区と東北教区放射能問題支援対策室「いずみ」が協力して実施してきましたが、「いずみ」の活動縮小により、これまでのようなプログラムを実施できなくなりました。そこで、今年はじめて北海教区単独での開催を試みました。「いずみ」からもできるかぎりの協力をいただき、5家族の親子を福島から札幌に迎えることができました。
 今回参加したのは、小学生が4名、中高生が5名です。以前の保養プログラムは幼児・小学生が多かったのに、年々、年齢層があがっています。放射能の影響が懸念される地域には今も多くの幼児がいるのに、保養プログラムにはあまり参加してこなくなりました。話を聞くと、8年前のあの大震災と原発事故の時に、幼い子を抱えて恐怖と不安の中に日々を過ごした親たちと、そのときにはまだ親になっていなかった人たちとの間には、大きな意識の隔たりがあるというのです。その後に親になった人たちには、同じ地域に住んでこどもを育てていても、「あのとき」を体験した親たちにくらべ危機意識はずっと薄いようです。
 同じことが、戦争についても言えるのでしょう。戦争の日々の体験は、戦後の日本の社会の歩みに、深く決定的な影響をおよぼしました。しかし、その重く厳しい体験を知らない世代が圧倒的となった今、戦争への危機意識はいちじるしく欠けてきてしまっています。歴史的体験がむなしく消えることのないよう、意識してうけつがねばなりません。

2019年8月10日 (土)

8月4日「光とされる」平和聖日礼拝

あなたがたは、以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています。光の子として歩みなさい。―光から、あらゆる善意と正義と真実とが生じるのです。― 何が主に喜ばれるかを吟味しなさい。実を結ばない暗闇の業に加わらないで、むしろ、それを明るみに出しなさい。彼らがひそかに行っているのは、口にするのも恥ずかしいことなのです。しかし、すべてのものは光にさらされて、明らかにされます。(エフェソの信徒への手紙5章8~13節)

 毎年8月には、広島・長崎の原爆被害、そして15日の敗戦記念日を覚え、戦争の悲惨と苦難を思い起こし、平和への思いを深めます。
 しかし、8月15日が意味するのは苦難や悲痛だけではありません。近隣アジア諸国、とりわけ植民地だった台湾・朝鮮の人々にとっては、日本の支配という災いから救われた解放の日であったことを心に刻まなければなりません。あたかもバビロンの滅亡を喜ぶイザヤ書14章のように、日本の敗北を喜ぶ声があがったのです。
 いま日韓関係が非常に困難になっていますが、そのきっかけは元徴用工の問題とされています。日本政府は、国家間の条約で解決ずみとしていますが、しかし、かつての抑圧的支配のもとで苦しんだひとりひとりの人生に対しては何の補償も約束されないままにされてきました。
 戦争中、朱鞠内のダム工事で犠牲となった朝鮮人労働者の遺骨を発掘し、故郷に返す働きが何十年も続けられています。日本・韓国・在日の若者が共同で作業にあたり、それが新たな平和の希望の光となっています。
 あの時代、キリスト教会はどうだったでしょうか。百年前の3・1独立運動には多くの朝鮮人キリスト者がかかわっていました。しかし、日本のキリスト教会は、日本の支配のためにつごうよく利用され、朝鮮の教会や信仰者を抑圧する側にあったのです。
 「あなたがたは以前には暗闇でした(8節)」との厳しいことばを、うなだれて受け止めなければなりません。それでも主は、暗闇だったわたしたちを「光の子」とすることがおできになります。主のめぐみのみわざに従い、もはや暗闇の業には加わることなく、むしろそれを明るみに出していかなければならないのです。

2019年8月 4日 (日)

北部日記 8月4日

 26~28日、CSキャンプに行ってきました。こどもの参加者27名、おとな・スタッフが15名という大所帯で岩見沢教会におじゃましました。岩見沢教会では、ふだんの礼拝の倍以上の人数になる騒ぎでしたが、喜んで受け入れてくださいました。

 このところ、日曜日の礼拝に出席するこどもの数は激減しているのに、キャンプなど行事になると多くの参加者があります。教会員の家族だけでなく、太平こどもの家の卒園生やその兄姉、さらにその友だち、そしてそこからまた誘われて・・・と、つながりが広がっています。教会の行事は楽しい、安心、参加しやすい、というイメージのようです。

 今回は、青年の助っ人が三人参加し、こどもたちの遊び相手を引き受けてくれました。だんだん「高齢化」してくるスタッフたちからすれば、とってもありがたい存在です。三人とも、かつてCSキャンプに何度も参加してきたOBです。違う立場で再び関わってみたキャンプは、どんな印象だったでしょうか。今回参加したこどもたちの中から、10年後にこんなふうにまた誰かが関わってくれたらうれしいことですね。

 キャンプのプログラムは、いろいろな遊びをめいっぱい楽しむ内容でした。こどもたちにとって、親以外のさまざまな年代のおとなたちともいっしょに、しかも管理の厳しくない中で、非日常の生活を共に過ごすことじたい、貴重な体験です。そのなかで、岩見沢教会での日曜礼拝に参加したことは、きっと印象深いことだったでしょう。それぞれに、どこかでキリストの愛といつくしみを感じとっていてくれたらと願います。

 

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