« 8月11日「キリストのように」 | トップページ | 北部日記 8月25日 »

2019年8月18日 (日)

北部日記 8月18日

 8・15平和祈祷集会では戦争の時代の体験者の手記が読まれました。北部教会からも、T橋さんとR子さんに書いていただきました。
 「毎朝の校長の訓辞は『君らは天皇のために命をささげるために生まれてきた』と同じことを繰り返しのべ続けた。学校には配属将校というのがいて、『きさまらは戦争のときに少しでも役に立つように教育するのだ』と。・・・一年一年戦況が厳しくなるにつけ、学校の教育内容も英語は駄目、軍事訓練の日々が続きました。毎日手りゅう弾の訓練で、ほふく訓練といって地面をはいつくばって前進するものでした。教官は、『北海道は室蘭の港にアメリカが上陸する、その時は三つの手りゅう弾を与えるから、二個はアメリカへ、一個は自決するために使え』」(T橋さん)
 「ソ連兵が来るぞ・・・と大きな声が聞こえました。えっ戦争が終わったのに。隣には日本の兵隊さんがいっぱいいる軍人会館だから安心だ・・・と思っていましたが、そこには日本の兵隊さんは誰もいなくなり・・・軍服を脱いで逃げたと聞かされました。・・・母と一緒に買い物で街にでかけると、私は千円の値を勝手につけられて中国人に手を引かれそうになり日本人の大人に何度か守られました。それから顔を黒く塗り頭はボサボサ髪にして、落ち着かない日々を過ごしていたある日、『汽車が出るぞ』の声に喜び乗り込んだのは屋根のない貨車で、立ったままで坐るのは交代で坐り、お互いがいたわり合いました。貨車は駅ではない所で途中停車し、用をたしたり中国人から食べ物を買ったりしての貨車の日々が続きました。」(R子さん)

« 8月11日「キリストのように」 | トップページ | 北部日記 8月25日 »

北部日記」カテゴリの記事