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2019年9月

2019年9月29日 (日)

お月見コンサート

太平こどもの家恒例の「お月見コンサート」を行います。

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北部日記 9月29日

 先週日曜日の午後、胆振東部地震を覚えての礼拝が、被害の大きかった安平町にあるウェスレアン・ホーリネス教団追分めぐみチャペルで行われました。あの地震のあと、北海教区では追分めぐみチャペルと地域の被害に対して、炊き出しや補修費の補助などの支援を続けてきました。地震から一年を経て、追分めぐみチャペルと、その親教会の札幌新生教会と共に記念礼拝をもつこととしたのです。

 記念礼拝の説教の中で、追分めぐみチャペルの菅原ひかり牧師が、地震によって思いがけず地域との交わりが深められ、教会が地域の信頼を得るようになった恵みを語ってくださいました。

地震から10日ほどたったとき、菅原牧師がとりもってくださり、この町内で北海教区による炊き出しを行いました。それから1年を記念してまた炊き出しを計画したのですが、菅原牧師が町内会に相談にいったところ、「追分めぐみチャペルと日本基督教団北海教区が炊き出しを行いますので会員の皆様ご参加ください」というチラシを町内会で作って配布してくださったということです。

 追分めぐみチャペルの正面の窓を通して、外に立っている大きな十字架が見えます。すぐそばの国道からも教会のめじるしとしてよく見えています。地震のために、この十字架が倒れてしまったのですが、北海教区からの支援で再建されたばかりでした。

 主の十字架のもと、教派を超えて、この地の人々のために力をあわせる喜びを味わった礼拝でした。

2019年9月22日 (日)

北部日記 9月22日

 Hさんが、17日の朝に急逝され、教会で葬儀が行われました。静かにおだやかに、しかし、しっかりと信仰を守り続けた姿は、皆の心にくっきりと刻まれています。
 いちど、Hさんから昔のことをうかがったことがあります。そのとき、Hさんが奈井江中部教会で洗礼を受けたことを知りました。奈井江中部教会は、1952年に設立され、「北海道特別開拓伝道」のひとつとされています。Hさんを信仰に導いたのは、夫の母でした。「姑は産婆さんでした。奈井江中部教会の塩見耕讀牧師のお子さんもとりあげましたが、それが、北星余市高の塩見耕一牧師ですよ」と笑ってお話しくださいました。
 かつて「日本基督教団奈井江教会」がありました。この教会は1951年、教団から離脱して、新しく設立された「日本基督教会」に加わったのですが、その際、教会の中で激しい議論がかわされました。そして、教団に残ることを望んだ信徒たちが教会を出て新しく奈井江中部教会を作ったのです。Hさんの家族はその中心的なメンバーであったようです。「教会が割れるのはほんとうにつらかったです。二度とあんな思いはしたくありません」ときっぱり告げられました。
 その奈井江中部教会も1970年に美唄教会と合併して、今はありません。いま、教団などで教会の分裂とか閉鎖とかが安易に語られるのをきくたびに、Hさんのことばと、そして、教会をずっと支えて来られたその信仰の姿を思い起こすのです。

2019年9月21日 (土)

9月15日「ひとりだけで」

イスラエルの人々は、またも主の目に悪とされることを行った。彼らが主の目に悪とされることを行ったので、主は、モアブの王エグロンを強くすることでイスラエルを脅かされた。彼はアンモン人とアマレク人を集め、攻めて来てイスラエルを破り、なつめやしの町を占領した。こうしてイスラエルの人々は、十八年間、モアブの王エグロンに仕えなければならなかった。イスラエルの人々が主に助けを求めて叫んだので、主は彼らのために一人の救助者を立てられた。これがベニヤミン族のゲラの子、左利きのエフドである。(士師記3章12~15節b)
 士師たちの活躍は、『士師記』という書物にまとめられる前は、イスラエルの民の間で語り継がれていました。その間に物語は整えられ、そこに神の民の信仰が刻み込まれていきました。士師たちの物語を昔のイスラエルの民がどんなふうに聞いたか追体験することで、その信仰がわたしたちにも伝わってきます。きょうはエフドの物語を読みましょう。
 かつてエジプトの王の支配から救い出されて神と契約を結んだイスラエルは、神を忘れ、その結果、またもや異民族の王に支配されるようになってしまいました。イスラエルは助けを求めて叫びましたが、はたしてきちんと悔い改めたのかは定かでありません。それでも神は救いの手をさしのべてくださいました。
 エフドは左利きでした。そのために不自由を覚え、さげすまれることもあったでしょう。しかし、モアブの王を倒す際にはそれが有利に働きました。武器をうまく隠して密室で王と対面し、油断させて王を暗殺したのです。
 エフドが通った「偶像のあるところ(19・26節)」とは、モアブの神々をまつった神殿でしょう。モアブの神々は、モアブの王を守れず、また王を倒したエフドを裁くこともありません。偶像はまったく無力です。
 エフドという名は「ひとり」を意味するという説があります。たしかにエフドは、左利きという孤独を抱えながら、自分ひとりで決意して、たったひとり王に立ち向かい、イスラエルの民によびかけてひとり先頭に立ち、過酷な支配を退けたのでした。
 ひとり、さげすまれ退けられた者が、民全体に救いをもたらしました。わたしたちもそういう物語を知っています。ひとり十字架に赴いて救いをなしとげたキリストの物語を、わたしたちも信仰をもって語り継ぐのです。 

2019年9月15日 (日)

北部日記 9月15日

 役員会では、教会の牧会や礼拝、運営や会計、今後の予定など、いろいろなことが話し合われます。あらかじめ準備された議題のほかに、役員からふと話題があがって盛りあがることもあります。
あるとき、「週報に、献金した人の名前を載せるのはなぜか」ということが話題となりました。神様への献げものなのだから名前を公表するのは不要という考えもあります。名前を出さずに献げたいという場合もあるでしょう。実際、すべての教会で週報に献金者の名前がのっているわけでもありません。いっぽう、実際問題として「献げたものを間違いなく会計で受け取った確認」という意味もあります。また遠くの方、しばらく会っていない方から献金が献げられたのをみて励まされることも多々あります。名前を出さずに献金したいという場合、袋に記名されていないと会計さんが「名前の書き忘れ?」と悩むことになりますので、匿名を希望するむね書いてくださるようお願いします。
また今、2年ぶりに教会員名簿を新しくしようということになり、役員会で作業を進めています。北部教会では教会員を「現住」「他住」「不在」などに分けていますが、その意味や該当者などをあらためて確認していく中で、教会員それぞれの状況を分ちあい、教会のありかたを考えることにもなりました。
 役員会ではまた、北部教会のことだけでなく、札幌地区や北海教区、さらには教団全体の状況などもしばしば話題になります。教会を支え、形作っている役員の働きのために、どうぞお祈りください。

2019年9月14日 (土)

9月8日 「士師の時代」

主は士師たちを立てて、彼らを略奪者の手から救い出された。しかし、彼らは士師たちにも耳を傾けず、他の神々を恋い慕って姦淫し、これにひれ伏した。彼らは、先祖が主の戒めに聞き従って歩んでいた道を早々に離れ、同じように歩もうとはしなかった。主は彼らのために士師たちを立て、士師と共にいて、その士師の存命中敵の手から救ってくださったが、それは圧迫し迫害する者を前にしてうめく彼らを、主が哀れに思われたからである。その士師が死ぬと、彼らはまた先祖よりいっそう堕落して、他の神々に従い、これに仕え、ひれ伏し、その悪い行いとかたくなな歩みを何一つ断たなかった。主はイスラエルに対して怒りに燃え、こう言われた。「この民はわたしが先祖に命じたわたしの契約を破り、わたしの声に耳を傾けなかったので、 ヨシュアが死んだときに残した諸国の民を、わたしはもうこれ以上一人も追い払わないことにする。彼らによってイスラエルを試し、先祖が歩み続けたように主の道を歩み続けるかどうか見るためである。」主はこれらの諸国の民をそのままとどまらせ、すぐ追い払うことはなさらなかった。彼らをヨシュアの手に渡すこともなさらなかった。 (士師記2章16~23節)

 士師記は、ヨシュアの死後、イスラエルが王国となるまでの時代を記しています。イスラエルの12部族がそれぞれに生活を営み、全体をまとめる組織、統一国家はまだありませんでした。なにかことが起こると、その時にふさわしい指導者が現れ、民を導きました。それが「士師」です。
 この士師の時代は、民が繰り返し神に背き、まとまらず、外敵に脅かされた厳しい時代といえます。その後、王国時代になると、イスラエルは統一国家のもと強大になって諸民族を支配し、都エルサレムを中心に富み栄え、神殿が建てられて信仰生活も整えられることになります。士師の時代は、王国以前の、古く未熟な、遅れた弱い時代と考えられるでしょうか。
 ところが、聖書には、別の見方もあります。士師の時代は神ご自身がイスラエルを治め裁いた時代であり、人間の王が神に成り代わって権力を握る体制は、神の民の堕落だ、というのです。
 士師の時代を、どうとらえるべきでしょう。2章16節以下では、神に背く民を、それでも神は見捨てず、士師によって救われたと語られます。この時代は、神のあわれみと救いの時代でもありました。また、20節以下には、神は、はじめの信仰に立ち返るかどうかを試すために苦しみを与えられたと記されます。士師の時代は、試練の時代でした。そして、試練に耐えかねて苦しみうめく、弱く愚かな民を、くりかえし神はあわれみ、救いをもたらしてくださったのです。
 神は愛するゆえにその民を鍛錬されます(ヘブライ12:4以下)。私たちの人生にも、そして新しい神の民、教会の歩みにもまた、困難や課題が与えられます。そのなかでうめき苦しみながら、くりかえし神のあわれみと助けを与えられて、私たちは信仰を鍛えられ成長していくのです。 

バザー

9月29日(日)12:30~14:30 バザーを行います。

どうぞおいでください。Img_0520 

2019年9月 8日 (日)

北部日記 9月8日

 昨年9月6日の胆振東部地震から1年がたちました。あの時のことをどれくらい覚えているでしょうか。
 地震発生後、「これは対応が長期化するかも」と考えて、ノートを一冊用意し、身の回りのできごとや、各方面との連絡、街のようすなどを簡単にメモしていくようにしました。結果的には3日間だけ、文字通りの「三日坊主」で終わってしまったのですが、それでも今読み返すと、地震直後の状況がまざまざと思い出されます。
 当日、「断水するかも」という情報にふりまわされたり、停電で何もできなくなってうとうと昼寝したり、教会員の安否確認にてまどったり、それでも早天祈祷会を行ったり、ガソリンが補充できずに右往左往したり、想定外の事態の中で何を大切に考えてどう動くべきだったか、あらためて反省させられます。
 さて、地震の後、北海教区では委員会を設置し、震災被害への対応・支援にたずさわってきました。全国からの募金をもとに、教会や関係施設の建物・設備の被害の補修を援助することができました。また、被害の大きかった地域には教団の教会はないのですが、他教派の教会やYWCAなどの団体と協力して、被災地域の住民活動を支えたり、施設のこどもたちを支援する働きに加わったりしてきています。
被災地の人々は、今なお先の見えない不安に脅かされています。傷ついた心を守り、日常生活を回復するために、息長いかかわりが求められています。祈りに覚え続けましょう。


 
 

 

2019年9月 7日 (土)

9月1日 「キリストに照らされ」 召天者記念礼拝

明らかにされるものはみな、光となるのです。それで、こう言われています。
「眠りについている者、起きよ。死者の中から立ち上がれ。
そうすれば、キリストはあなたを照らされる。」   (エフェソの信徒への手紙5章14節)
 

 14節に引用されているのは、当時の教会の讃美歌の一節と考えられています。死者の復活をうたう内容です。
 キリスト教は、復活信仰が原点です。ガリラヤで活躍したナザレのイエスは十字架で殺され、弟子たちも散り散りに逃げ去りました。これで終わればイエスのことなど歴史の中に埋もれてしまったことでしょう。しかし、三日の後イエスは復活したと弟子たちは言いだし、再び集結します。こんどは迫害や弾圧にも屈せず、いのちがけで復活を宣べ伝え始めたのです。
 そして、イエス・キリストは復活した、我々もまた復活する、と主張します。死によって私たちは滅ぶのではない、死は最後の裁き、罰ではない、神の力は死よりも強く、死から私たちを救い出すことができる、というのです。
 ヨハネの黙示録には、そういう教会の信仰が数々のふしぎなイメージであらわされていますが、神の支配のもとで復活の命を生きる姿が、「光に照らされる」というイメージで描かれます(黙示録21章23節以下)。黙示録は、厳しい弾圧・迫害のもとで記されました。迫害に苦しみ、命も脅かされる人生は、けっして明るいとは言えないかもしれないけれど、それは必ずキリストに照らされ、永遠に明るく光り輝くものとされるというのです。
 今日、召天者記念礼拝で覚える方々も、必ずしも明るく楽しい生涯を送ったとは限りません。人生の重荷を負ったつらく苦しい場面も重なったことでしょう。しかし、その命がキリストに照らされ、輝くものとされるのです。
 14節の讃美歌は、実際には洗礼式で歌われたとも推測されています。洗礼は、復活のいのちを今ここで生き始めることのしるしです。わたしたちの生涯は、ついにはキリストに照らされることを信じる時、わたしたちは死にも脅かされない新しいいのちを今ここで生きるものとされるのです。
 
 

2019年9月 1日 (日)

北部日記 9月1日

 96年前の9月1日、関東大震災が起こりました。人口の集中していた東京・横浜などで大きな被害があり、死者・行方不明者は10万人以上、その多くは地震直後に発生した火災によるものとされています。おりしも秋の台風の風にあおられて東京は焼け野原になりました。  
それだけではありません。不安と恐怖におびえる人々の心を惑わすデマや誤報がとびかい、朝鮮人や社会主義者の虐殺事件も起こりました。自然の災害に加えて人間による災いと死ももたらされたのです。
 昨年9月6日、北海道で胆振東部地震が起こりました。土砂崩れなどによる死者の数は四十名以上とされていますが、その後の不安な生活のなかで、いのちを脅かされてきた人々はさらに多いでしょう。
 きょうは、札幌北部教会につながって天に召された方々を覚える「召天者記念礼拝」をささげます。ひとりひとりの名前を読み上げ、そのおもかげを思い起こし、生涯に思いをはせます。それぞれのかけがえのないいのちの軌跡とともに、その人生に主イエス・キリストがそれぞれの形でかかわってくださったふしぎとはからいを心に刻み、ひとりひとりの命の重さを覚えるのです。
 災害などでは「死者〇名」とひとまとめにされがちですが、そのひとりひとりがかけがえのない人生をたどってきたいのちです。ひとつのいのちにも、人には受けとめきれない重さがあります。それを受けとめることができるのは、ただ、いのちを造り、治められる神だけです。謙虚に御手にゆだねましょう。

 
 

 

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