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2019年11月

2019年11月30日 (土)

11月24日「裏切られる愛」

デリラは彼に言った。「あなたの心はわたしにはないのに、どうしてお前を愛しているなどと言えるのですか。もう三回もあなたはわたしを侮り、怪力がどこに潜んでいるのか教えてくださらなかった。」来る日も来る日も彼女がこう言ってしつこく迫ったので、サムソンはそれに耐えきれず死にそうになり、ついに心の中を一切打ち明けた。「わたしは母の胎内にいたときからナジル人として神にささげられているので、頭にかみそりを当てたことがない。もし髪の毛をそられたら、わたしの力は抜けて、わたしは弱くなり、並の人間のようになってしまう。」デリラは、彼が心の中を一切打ち明けたことを見て取り、ペリシテ人の領主たちに使いをやり、「上って来てください。今度こそ、彼は心の中を一切打ち明けました」と言わせた。ペリシテ人の領主たちは銀を携えて彼女のところに来た。彼女は膝を枕にサムソンを眠らせ、人を呼んで、彼の髪の毛七房をそらせた。彼女はこうして彼を抑え始め、彼の力は抜けた。彼女が、「サムソン、ペリシテ人があなたに」と言うと、サムソンは眠りから覚め、「いつものように出て行って暴れて来る」と言ったが、主が彼を離れられたことには気づいていなかった。ペリシテ人は彼を捕らえ、目をえぐり出してガザに連れて下り、青銅の足枷をはめ、牢屋で粉をひかせた。しかし、彼の髪の毛はそられた後、また伸び始めていた。(士師記16章15~22節) 


 サムソンは、日本でいえば弁慶のようなキャラクターです。怪力で敵をなぎ倒し、一面純情で、最後には悲劇的な死を遂げる物語が庶民に親しまれてきました。ただし、弁慶が主君義経への忠義を貫いたのに対し、サムソンは自分の欲望が原動力でした。
 サムソンは心のままにデリラを愛しますが、デリラは莫大な報酬を示されてサムソンの弱点を聞き出そうと試みます。デリラに泣き落されてサムソンはついに真実を伝え、その結果ペリシテ人に捕らえられて屈辱的なしうちを受けることになります。サムソンは、愛するに値しない不誠実なデリラに何度も裏切られたにもかかわらず、愚かなまでに彼女を愛して自分の身をゆだね、ついに破滅にいたるのです。
 愚かなまでの愛を描いたのが、カトリックの作家遠藤周作です。初期の作品『おバカさん』の主人公は、隣人のために一生懸命に尽くし、報いられないまま自分の身をさしだすようにして姿を消します。これは遠藤周作の「キリスト像」のひとつの原型でもあります。裏切られても、愚かしいまでに自分を与える愛の姿は、はるかにサムソンに通じるように思えます。
 キリストは、愛するに値しない者、どこまでも不実で、裏切りを重ねる人間のためにその身を与え、死に引き渡されました。その愛に真実の愛で答えることをせず、裏切り続けるデリラは、わたしたち人間の姿です。
 サムソンは、最後には力を回復し、ペリシテ人への復讐を遂げて死にました。しかしキリストは、復活によってその愛が人間の罪と死にうちかつことを示したのです。わたしたちは救いに値しない者であっても、怪力サムソンにまさる方が、わたしたちの救いを完成してくださったのです。感謝をもって応えることができるでしょうか。 

2019年11月24日 (日)

北部日記 11月24日

☆16日、伝道委員会で準備を重ねてきた北部カフェが行われました。神愛園のスタッフの方々が、ユーモアあふれる寸劇で介護に関する問題や知識をわかりやすく示してくださり、その後、それぞれの疑問や思いをわかちあいました。他教会から、また地域の方々も参加され、食事と交わりの時も楽しみました。恵みを今後にどうつなげていったらよいでしょうか。
☆財務委員会で、教会の財政状況を検討しました。高齢や病気のため、毎週の礼拝出席が難しくなっている人が増え、そのぶん礼拝献金も減少しています。「礼拝に出られない日も、献金は手元にとりわけておいたら」「いや、献金は礼拝の恵みへの感謝だから、『出席したつもり献金』は変」「欠席がちな分、出席できたときはゆたかに献げられるのでは」など、財務委員だけでは考えあぐねています。共にお祈りください。
☆札幌地区の「教会主任担任教師・担任教師会」が18日に行われました。これまでも地区の牧師会は行われていますが、集まるのは隠退教師や教務教師の方が多く、各教会の現状や課題、さらには地区活動について意見を交換することがなかなかできていません。また、札幌地区の運営は信徒が担うようになっていて、牧師たちと地区とのかかわりもあんがい少ないのです。そこで、初めての試みとして、教会の任にあたっている牧師たちの会合が行われました。札幌地区の活動や、各教会の現状と課題についてわかちあい、また共通の課題として「認知症」についての学びの時もあって、有意義な会でした。

2019年11月17日 (日)

北部日記 11月17日

 30年近く前のこと、神学校を卒業したら旭川の教会に赴任することが決まり、引っ越しの準備にとりかかりました。8畳間とキッチンだけのアパート住まいでも、読みためた本などかさばる荷物があり、業者に頼むとけっこうな費用がかかりそうでした。すると、神学校に後から入った友人が、「俺が運ぼうか」と声をかけてくれました。彼は以前からトラックの運転手のアルバイトをしていたのです。「トラックをレンタルし、長距離になるのでもうひとり、神学校の同級生に助手を頼みたい」とのこと。ちょうど同じ時に妹がやはり道北の剣淵町に就職が決まったので、その荷物をいっしょに運ぶのにも好都合です。さっそく手はずを整えました。
 3月下旬、友人と助手と私の3人で荷物をトラックに積み、東京から青森までひた走って夜中のフェリーで函館に渡り、その日のうちに旭川と剣淵に荷物をおろしました。それから3人でまた東京に戻り、私は改めて月末に自分の車で北海道に向かったのでした。
 荷物を運んでくれた二人も、何年かたって神学校を卒業し、それぞれの任地に赴きました。そしてふしぎにも二人とも後に北海道の教会に赴任してきたのです。運転手は小樽教会・江別教会で働いた竹井剛牧師、そして助手が3年前に北広島教会に着任した菊地啓示牧師です。
 北広島教会と札幌北部教会は札幌地区の南と北に離れていますが、菊地先生の着任後、ぐっと近しく思えるようになりました。今日、札幌地区の礼拝交流として北広島教会との交換講壇を行います。この機会に、互いに親しく覚える関係がまた深まっていくことでしょう。

 

2019年11月16日 (土)

11月10日 「約束の子」こども祝福礼拝

イスラエルの人々は、またも主の目に悪とされることを行ったので、主は彼らを四十年間、ペリシテ人の手に渡された。その名をマノアという一人の男がいた。彼はダンの氏族に属し、ツォルアの出身であった。彼の妻は不妊の女で、子を産んだことがなかった。主の御使いが彼女に現れて言った。「あなたは不妊の女で、子を産んだことがない。だが、身ごもって男の子を産むであろう。今後、ぶどう酒や強い飲み物を飲まず、汚れた物も一切食べないように気をつけよ。あなたは身ごもって男の子を産む。その子は胎内にいるときから、ナジル人として神にささげられているので、その子の頭にかみそりを当ててはならない。彼は、ペリシテ人の手からイスラエルを解き放つ救いの先駆者となろう。」(士師記13章1~5節)
 
 サムソンは、イスラエルを苦しめるペリシテ人を、その怪力で悩ませた英雄です。しかし、人々を導くリーダーというより、欲望のままにふるまう破天荒な乱暴者でした。聖書はこのサムソンの誕生の次第から語り始めます。
 子のなかったマノア夫妻に神の使いが現れ、男の子が生まれると告げます。しかも、生涯をナジル人として、つまり神にささげられた者として生き、「ペリシテ人からイスラエルを解き放つ救いの先駆者となる」というのです。神の約束のもとに特別な人生を送るといわれ、両親はどんなに期待し、希望をかけたことでしょうか。ところが、サムソンの人生は、両親が期待したようには進んでいきませんでした。
年頃になったサムソンは、こともあろうにペリシテの娘と結婚したいと言い出します。驚いた両親の反対を押しきって婚礼が行われることになります。ところが、これが事の始まりとなってサムソンはペリシテ人を相手に暴れまわり、多くのペリシテ人を倒すことになります。この後もサムソンはペリシテの女に惚れては騒ぎを起こし、最後には裏切られて死を遂げます。
 サムソンの生涯は父母の期待したような幸いなものではなかったでしょう。しかし、順調な人生でなければ神にささげられた生涯とはいえないのでしょうか。孤独で危険で問題だらけであったとしても、それでも神の約束の中にあり、神の計画に用いられ、大きな意味あるものとされる、そういう人生があるのではないでしょうか。
 きょう、こども祝福礼拝として、こどもたちの人生に祝福を祈ります。しかし、それはこどもたちが大人の期待通りの人生を送るようにと願うのではありません。どのような人生であったとしても、この子を約束のうちに導いてくださる神の手を信じ、その子の人生に送り出すのです。

 

2019年11月10日 (日)

北部日記 11月10日

 一番上の娘が先月から一人暮らしをはじめました。このあと下の子たちも順々に送り出していけば子育てもひと区切り、とほっとしたのですが、たまたま開いた新聞に「こどもが30歳になるまでが子育て」という大学の先生の意見が載っていました。20歳の大学生に「自分は大人か子どもか」と聞くと、100人中6割は「こども」と答え、「おとな」と答えるのは1~2人、残りは「どちらでもない」とのこと。「大人になるために社会の中で必要な経験値を積むのに、昔に比べて時間がかかっている」というのです。晩婚化の進む今、子が30歳になる頃には親は60歳もすぎるでしょう。還暦すぎても子育てが終わらないとは、あまりに遠い道のりです。
 子どもが育つのに、ますます長い時間をかけて「社会の中で必要な経験値を積む」必要があるとすると、それは親だけでは負いきれないつとめです。子どもの立場からすれば、親だけに頼って育つのは難しいと言えます。かといって昔のように親族や地域社会に頼ることも困難です。
 先週、教会での「新米を食べる会」に、教会員の家庭のこどもたちが、赤ちゃんから学生・青年たちまで、わいわい集まって楽しんでいました。教会のこどもたちは、親以外にも多くの大人たちとかかわり、見守られて育っています。自分がどんな大人になるか、親以外にもさまざまな大人の生き方に触れて自然と導かれていきます。親を離れても頼ることのできる人々がいること、そして人の力の及ばないところでも神に頼ることができると知っています。教会が子どもたちに祝福をもたらす役割には、大きいものがあるのです。 

2019年11月 9日 (土)

11月3日 「代償」

主の霊がエフタに臨んだ。彼はギレアドとマナセを通り、更にギレアドのミツパを通り、ギレアドのミツパからアンモン人に向かって兵を進めた。エフタは主に誓いを立てて言った。「もしあなたがアンモン人をわたしの手に渡してくださるなら、わたしがアンモンとの戦いから無事に帰るとき、わたしの家の戸口からわたしを迎えに出て来る者を主のものといたします。わたしはその者を、焼き尽くす献げ物といたします。」こうしてエフタは進んで行き、アンモン人と戦った。主は彼らをエフタの手にお渡しになった。彼はアロエルからミニトに至るまでの二十の町とアベル・ケラミムに至るまでのアンモン人を徹底的に撃ったので、アンモン人はイスラエルの人々に屈服した。エフタがミツパにある自分の家に帰ったとき、自分の娘が鼓を打ち鳴らし、踊りながら迎えに出て来た。彼女は一人娘で、彼にはほかに息子も娘もいなかった。   (士師記11章29~34節) 
 エフタは、のけ者にされていた人物です。遊女の子のゆえに家から追い出され、おそらく町からも追放されました。しかし生来のカリスマがあったのでしょう、ならず者たちを束ねるボスとなっていました(11:1~3)。
アンモン人の侵略に苦しんだ民は、その力を見込んで助けを求めます。エフタはまず外交交渉で解決をはかりますが、戦いが避けられなくなったとき、エフタは「勝利して帰った時、最初に出迎える者を犠牲として献げる」と誓いを立てました。誰に求められたのでもない、彼の自発的な誓い、約束でした。ところが、彼を出迎えたのは彼の一人娘だったのです。
この娘は、家から追い出されていたエフタにとって、唯一の家族だったでしょう。また、未婚の一人娘が死んでしまうと、エフタの家系は断絶することになります。娘の命を献げるのはあまりにむごく厳しい悲劇です。エフタの誓いを軽はずみと非難し、娘の運命に同情するのは当然でしょう。
しかし、エフタの自発的な誓い、約束によってひとり娘がいのちを献げ、民が救われたのだとしたら、民の誰がエフタを非難できたでしょうか。ほかならぬその愚かなひどい約束によって自分は救われた、罪のないひとりの命がわたしの命の代償とされたのだ、と思い知って、深い痛みと負い目をもって人々はこのできごとを語り伝えたのです。
はるか後、父がみずから立てた約束により、ひとり子がいのちを献げ、多くの民が救われることになります。民はそれを痛みと負い目をもって語り伝えました。しかし、エフタの娘とは異なり、このひとり子イエス・キリストの代償の死には復活が続きます。私たちは、ひとり子の命が私たちの代償として献げられた重く厳しい痛みと負い目と共に、それを超える希望と喜びをも語り伝えるのです。

 

2019年11月 3日 (日)

北部日記 11月3日

 北海教区の7つの地区の中で、札幌地区は特殊な地区といえます。北海教区の60の教会のうち、札幌地区に属しているのは17教会です。しかし、信徒数では、教区の信徒のほぼ半数が札幌地区の教会員です。北海道の一極集中の状況が教会にも反映されています。
 ところが、財政規模をみると、札幌地区の全教会の年間予算の合計は、教区全体の4割強程度です。また、地区活動そのものの財政規模では、たとえば札幌地区の3割ほどしか信徒数のいない道北地区の年間予算は、札幌地区のほぼ6割に達しています。地区活動の内容も、他の地区では、泊りがけの信徒の集会や牧師会、地区外への研修旅行などおおがかりな活動も行われています。他の地区の信徒が、教会や地区のために多くの負担と労を負っているのにくらべ、札幌は大都市で便利な分、地区活動もあっさりとしたものに留まっているようです。
 札幌地区では、他地区の教会や地区活動に学ぶために、毎年、「地区間交換講壇」を行うようにしています。北部教会も毎年積極的に取り組み、先週は道南地区の函館千歳教会との交換講壇を行いました。柴田もゆる牧師から、礼拝説教だけでなく、愛餐会のときになどにもいろいろとお話をうかがうよい機会となったと思います。
 今週9日には札幌地区の信徒講座が行われます。さらに来週16日にも地区の学びの会が予定されています。また、初めての試みとして「教会担任教師会」が行われることになりました。札幌地区の働きがもっとゆたかになるとき、教区全体もまた力が加えられることでしょう。

 

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