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2020年7月18日 (土)

7月12日「肉親を思う」

わたしはキリストに結ばれた者として真実を語り、偽りは言わない。わたしの良心も聖霊によって証ししていることですが、わたしには深い悲しみがあり、わたしの心には絶え間ない痛みがあります。わたし自身、兄弟たち、つまり肉による同胞のためならば、キリストから離され、神から見捨てられた者となってもよいとさえ思っています。彼らはイスラエルの民です。神の子としての身分、栄光、契約、律法、礼拝、約束は彼らのものです。先祖たちも彼らのものであり、肉によればキリストも彼らから出られたのです。キリストは、万物の上におられる、永遠にほめたたえられる神、アーメン。(ローマの信徒への手紙9章1~5節)

 ここにいる多くの方々が、だいじな家族・肉親にキリスト教信仰を理解してほしい、できれば同じ道を歩む者となってほしい、と願っていることでしょう。教会の歴史の始めの多くの信仰者も同じ思いを抱いていたはずです。
 その時代のひとり、パウロには、妻子はいませんでしたが姉妹や甥などの肉親がいたようです(使徒言行録23:16)。パウロが「肉による同胞のためなら」(3節)と記したとき、彼らの顔を思いうかべていたのかもしれません。
 内村鑑三は『ロマ書の研究』の中で、パウロが口述筆記でこのように述べていくようすやその心の動きを、見てきたように生き生きと描き出しています。内村自身、信仰に入ったあと、肉親に信仰を理解してもらいたいと切に願い、なんども拒絶されながら父に働きかけたことがありました。そういう肉親への思いを、思わずパウロに重ねたのでしょう。わたしたちもまた、同じ思いを共にするのです。
 しかし、パウロは「あなたは夫(妻)を救えるかどうか、どうしてわかるのか(コリント一 7:16)とも述べています。私たちの思いが目の前でかなえられるとは限らないこともわきまえなければなりません。9~11章でパウロは、同胞であるユダヤ人がキリストを受け入れず、そのために福音が異邦人に伝えられるに至ったこと、しかしそれを見て最後にユダヤ人も神に立ち返るという神の計画を示しています。その計画の完成を自分は見ることができないとしても、肉親への深い思いを神にゆだねるのです。
 内村鑑三は、また「同胞」を日本人のこととして語っています。日本の社会から迫害を受けながらも日本人の救いを心から願い、「日本人の救いのために働くは、また全世界の救いのために働くこと」と促しました。肉親を思い、そのために世界を思って働く信仰を心にとめましょう。

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