カテゴリー「北部日記」の記事

2019年9月15日 (日)

北部日記 9月15日

 役員会では、教会の牧会や礼拝、運営や会計、今後の予定など、いろいろなことが話し合われます。あらかじめ準備された議題のほかに、役員からふと話題があがって盛りあがることもあります。
あるとき、「週報に、献金した人の名前を載せるのはなぜか」ということが話題となりました。神様への献げものなのだから名前を公表するのは不要という考えもあります。名前を出さずに献げたいという場合もあるでしょう。実際、すべての教会で週報に献金者の名前がのっているわけでもありません。いっぽう、実際問題として「献げたものを間違いなく会計で受け取った確認」という意味もあります。また遠くの方、しばらく会っていない方から献金が献げられたのをみて励まされることも多々あります。名前を出さずに献金したいという場合、袋に記名されていないと会計さんが「名前の書き忘れ?」と悩むことになりますので、匿名を希望するむね書いてくださるようお願いします。
また今、2年ぶりに教会員名簿を新しくしようということになり、役員会で作業を進めています。北部教会では教会員を「現住」「他住」「不在」などに分けていますが、その意味や該当者などをあらためて確認していく中で、教会員それぞれの状況を分ちあい、教会のありかたを考えることにもなりました。
 役員会ではまた、北部教会のことだけでなく、札幌地区や北海教区、さらには教団全体の状況などもしばしば話題になります。教会を支え、形作っている役員の働きのために、どうぞお祈りください。

2019年9月 8日 (日)

北部日記 9月8日

 昨年9月6日の胆振東部地震から1年がたちました。あの時のことをどれくらい覚えているでしょうか。
 地震発生後、「これは対応が長期化するかも」と考えて、ノートを一冊用意し、身の回りのできごとや、各方面との連絡、街のようすなどを簡単にメモしていくようにしました。結果的には3日間だけ、文字通りの「三日坊主」で終わってしまったのですが、それでも今読み返すと、地震直後の状況がまざまざと思い出されます。
 当日、「断水するかも」という情報にふりまわされたり、停電で何もできなくなってうとうと昼寝したり、教会員の安否確認にてまどったり、それでも早天祈祷会を行ったり、ガソリンが補充できずに右往左往したり、想定外の事態の中で何を大切に考えてどう動くべきだったか、あらためて反省させられます。
 さて、地震の後、北海教区では委員会を設置し、震災被害への対応・支援にたずさわってきました。全国からの募金をもとに、教会や関係施設の建物・設備の被害の補修を援助することができました。また、被害の大きかった地域には教団の教会はないのですが、他教派の教会やYWCAなどの団体と協力して、被災地域の住民活動を支えたり、施設のこどもたちを支援する働きに加わったりしてきています。
被災地の人々は、今なお先の見えない不安に脅かされています。傷ついた心を守り、日常生活を回復するために、息長いかかわりが求められています。祈りに覚え続けましょう。


 
 

 

2019年9月 1日 (日)

北部日記 9月1日

 96年前の9月1日、関東大震災が起こりました。人口の集中していた東京・横浜などで大きな被害があり、死者・行方不明者は10万人以上、その多くは地震直後に発生した火災によるものとされています。おりしも秋の台風の風にあおられて東京は焼け野原になりました。  
それだけではありません。不安と恐怖におびえる人々の心を惑わすデマや誤報がとびかい、朝鮮人や社会主義者の虐殺事件も起こりました。自然の災害に加えて人間による災いと死ももたらされたのです。
 昨年9月6日、北海道で胆振東部地震が起こりました。土砂崩れなどによる死者の数は四十名以上とされていますが、その後の不安な生活のなかで、いのちを脅かされてきた人々はさらに多いでしょう。
 きょうは、札幌北部教会につながって天に召された方々を覚える「召天者記念礼拝」をささげます。ひとりひとりの名前を読み上げ、そのおもかげを思い起こし、生涯に思いをはせます。それぞれのかけがえのないいのちの軌跡とともに、その人生に主イエス・キリストがそれぞれの形でかかわってくださったふしぎとはからいを心に刻み、ひとりひとりの命の重さを覚えるのです。
 災害などでは「死者〇名」とひとまとめにされがちですが、そのひとりひとりがかけがえのない人生をたどってきたいのちです。ひとつのいのちにも、人には受けとめきれない重さがあります。それを受けとめることができるのは、ただ、いのちを造り、治められる神だけです。謙虚に御手にゆだねましょう。

 
 

 

2019年8月25日 (日)

北部日記 8月25日

 北海教区で長く財務の責任を負っている信徒の方が、あるとき、ふと語ったことばが忘れられません。「今の若い人たちからみれば、『年金暮らし』は、とてもうらやましい境遇です。少なくとも数年先まで定期的な現金収入が確実なのだから。今の若い人たちは、働いてもなかなか充分な収入が得られず、その仕事でさえ来年にはどうなっているかわからないんです」。この方は、公務員として福祉にずっとたずさわってきた方ですから、それだけシビアな重みを感じました。

 「教会は高齢化して年金生活者ばかりだから、若い人たちにもっと教会にきてほしい」と言われることがあります。高齢者は教会もそろそろ「引退」して、若い人に教会を担ってほしい、という思いでしょうか。しかし、今の時代の現実からすれば、同じことばでもまったく逆に、「教会には、額は少なくても確かな収入のある高齢者が多いのだから、将来を見通せない若い人たちをもっと教会で支えていきたい」という意味が生じてくるのかもしれません。 

 この夏のCSキャンプに、教会員の皆さんに支援をよびかけ、多くの献金をいただきました。それで、とくに若いスタッフの費用負担を軽くすることができました。そもそも、こどもを持つ若い家庭にとって教会のキャンプは、わずかな負担でこどもたちに夏の楽しい思い出を与えることができる、とてもありがたい機会なのでしょう。教会の予算や教会員の献金が、確かに若い世代を支えはぐくんでいるといえます。今の時代の教会の役割をあらためて考えさせられるのです。

 

2019年8月18日 (日)

北部日記 8月18日

 8・15平和祈祷集会では戦争の時代の体験者の手記が読まれました。北部教会からも、T橋さんとR子さんに書いていただきました。
 「毎朝の校長の訓辞は『君らは天皇のために命をささげるために生まれてきた』と同じことを繰り返しのべ続けた。学校には配属将校というのがいて、『きさまらは戦争のときに少しでも役に立つように教育するのだ』と。・・・一年一年戦況が厳しくなるにつけ、学校の教育内容も英語は駄目、軍事訓練の日々が続きました。毎日手りゅう弾の訓練で、ほふく訓練といって地面をはいつくばって前進するものでした。教官は、『北海道は室蘭の港にアメリカが上陸する、その時は三つの手りゅう弾を与えるから、二個はアメリカへ、一個は自決するために使え』」(T橋さん)
 「ソ連兵が来るぞ・・・と大きな声が聞こえました。えっ戦争が終わったのに。隣には日本の兵隊さんがいっぱいいる軍人会館だから安心だ・・・と思っていましたが、そこには日本の兵隊さんは誰もいなくなり・・・軍服を脱いで逃げたと聞かされました。・・・母と一緒に買い物で街にでかけると、私は千円の値を勝手につけられて中国人に手を引かれそうになり日本人の大人に何度か守られました。それから顔を黒く塗り頭はボサボサ髪にして、落ち着かない日々を過ごしていたある日、『汽車が出るぞ』の声に喜び乗り込んだのは屋根のない貨車で、立ったままで坐るのは交代で坐り、お互いがいたわり合いました。貨車は駅ではない所で途中停車し、用をたしたり中国人から食べ物を買ったりしての貨車の日々が続きました。」(R子さん)

2019年8月11日 (日)

北部日記 8月11日

 毎年8月、福島の親子を迎えての「短期保養プログラム」が行われてきました。これまでは、北海・奥羽・東北の3教区と東北教区放射能問題支援対策室「いずみ」が協力して実施してきましたが、「いずみ」の活動縮小により、これまでのようなプログラムを実施できなくなりました。そこで、今年はじめて北海教区単独での開催を試みました。「いずみ」からもできるかぎりの協力をいただき、5家族の親子を福島から札幌に迎えることができました。
 今回参加したのは、小学生が4名、中高生が5名です。以前の保養プログラムは幼児・小学生が多かったのに、年々、年齢層があがっています。放射能の影響が懸念される地域には今も多くの幼児がいるのに、保養プログラムにはあまり参加してこなくなりました。話を聞くと、8年前のあの大震災と原発事故の時に、幼い子を抱えて恐怖と不安の中に日々を過ごした親たちと、そのときにはまだ親になっていなかった人たちとの間には、大きな意識の隔たりがあるというのです。その後に親になった人たちには、同じ地域に住んでこどもを育てていても、「あのとき」を体験した親たちにくらべ危機意識はずっと薄いようです。
 同じことが、戦争についても言えるのでしょう。戦争の日々の体験は、戦後の日本の社会の歩みに、深く決定的な影響をおよぼしました。しかし、その重く厳しい体験を知らない世代が圧倒的となった今、戦争への危機意識はいちじるしく欠けてきてしまっています。歴史的体験がむなしく消えることのないよう、意識してうけつがねばなりません。

2019年8月 4日 (日)

北部日記 8月4日

 26~28日、CSキャンプに行ってきました。こどもの参加者27名、おとな・スタッフが15名という大所帯で岩見沢教会におじゃましました。岩見沢教会では、ふだんの礼拝の倍以上の人数になる騒ぎでしたが、喜んで受け入れてくださいました。

 このところ、日曜日の礼拝に出席するこどもの数は激減しているのに、キャンプなど行事になると多くの参加者があります。教会員の家族だけでなく、太平こどもの家の卒園生やその兄姉、さらにその友だち、そしてそこからまた誘われて・・・と、つながりが広がっています。教会の行事は楽しい、安心、参加しやすい、というイメージのようです。

 今回は、青年の助っ人が三人参加し、こどもたちの遊び相手を引き受けてくれました。だんだん「高齢化」してくるスタッフたちからすれば、とってもありがたい存在です。三人とも、かつてCSキャンプに何度も参加してきたOBです。違う立場で再び関わってみたキャンプは、どんな印象だったでしょうか。今回参加したこどもたちの中から、10年後にこんなふうにまた誰かが関わってくれたらうれしいことですね。

 キャンプのプログラムは、いろいろな遊びをめいっぱい楽しむ内容でした。こどもたちにとって、親以外のさまざまな年代のおとなたちともいっしょに、しかも管理の厳しくない中で、非日常の生活を共に過ごすことじたい、貴重な体験です。そのなかで、岩見沢教会での日曜礼拝に参加したことは、きっと印象深いことだったでしょう。それぞれに、どこかでキリストの愛といつくしみを感じとっていてくれたらと願います。

 

2019年7月21日 (日)

北部日記 7月21日

 毎年8月15日、札幌キリスト教連合会の「8・15平和祈祷集会」が行われます。昨年の集会では、たまたま父・久世了が講師として「こどもとしての戦争体験」のテーマで学童疎開の体験などをお話ししました。その後、「録音を貸してほしい」「文章化してほしい」との要望もあったのですが、残念ながら録音に失敗し、文字にすることもできずにいました。
 年が明けて父が倒れた頃、「久世了先生の講演の記録です」と冊子が届きました。昨年の暮れ、8月の集会とほぼ同内容で講演をしていて、それを主催者が書き起こしてまとめてくださっていたのです。
この講演は、東京にある社会福祉法人「しおん保育園」の研修会でなされたものです。「しおん保育園」は、キリスト教に基づき、保育園ふたつと地域子育て支援センター、そして障がい者のための「しおん学園」を運営しています。理事長の早川寿美子さんともうお一人の先生が、若いころ札幌で月寒教会に通っていて、その時以来ふたりとも両親と親しく交流してくださっています。そのつながりで研修会の講師に呼んでくださっていたのです。結果的にこれが父の生涯最後の講演となりました。
 「しおん保育園」の関係者は、毎年夏、石狩に「合宿」に来ているそうです。昨年7月の合宿の際、はじめて北部教会の礼拝にみんなで出席してくださいました。今年もまた礼拝に出たいと連絡がありました。神様のふしぎな導きとはからいを感謝しながら、共に主の前に出て礼拝をささげたいと思います。

2019年7月14日 (日)

北部日記 7月14日

 参議院選挙が行われます。ニュースでも、選挙運動のようすや、各党の掲げる政策・主張が報じられています。先日、礼拝後に「選挙カフェ」を行って、いまの社会状況や、何をだいじにして投票したらいいか、クイズ形式で楽しくわかりやすく考える時をもちました。
 しばらく前のことです。道外の教会に通うある方と話をしていたら、「憲法には『政教分離』が定められているから、教会では政治の話をすべきではない」と言うので、「それは『政教分離』の意味を取り違えていますよ」と、思わずいきおいこんで語ってしまいました。
 「政教分離」は、とくに西欧の長い歴史の中で形作られてきた、社会の知恵です。かつては政治(国家)と宗教(教会)がつながっていたために、宗教戦争や宗教弾圧など、悲惨でむごいできごとが繰り返されてきました。そういった悲惨を避けるために、教会(宗教団体)と国家(政府)が互いを利用したり干渉したりしない、というルールが形作られてきたのです。
「政教分離」のありかたは、国によって、その歴史的経緯から少しずつニュアンスが異なります。教会の力が強かったフランスでは、「宗教が政治に介入しない」ことを主としているといいます。多様な移民から成り立ったアメリカでは、「政府が特定の教派(宗教団体)に基づくものとならない」ことが出発点です。日本国憲法は、戦前の歴史を踏まえ、「国家が宗教を利用・干渉しない」ことを厳しく定めています。
 教会は、国家の干渉・介入をしりぞけつつも、信仰と愛にもとづいてこの世の苦悩や重荷に目を向け、それをどう担い、また解決していくべきか、考えまた語っていくつとめを負っているはずです。

2019年7月 7日 (日)

北部日記 7月7日

 教団で発行している月刊の『こころの友』は、毎号の1面で、各地でよい働きをしているキリスト者を紹介しています。この7月号では、三浦結さんがとりあげられました。自然環境を学んでいましたが、今は高校の教師として生徒たちに自然の奥深さを教えていることなどが書かれています。留萌宮園伝道所の三浦忠雄牧師のご子息です。
 三浦結さんが勤めているのが、母校でもある山形県の基督教独立学園高校です。無教会派の信仰者、鈴木弼美(すけよし)によって創立され、聖書と自然と労働を通し、聖書の示す平和と正義を求める教育方針によってユニークな教育を実践している学校です。全校生徒約70名の少人数教育で、全員が寮に入り、勉強と共に農作業や炊事・洗濯など、共同生活を営んでいます。
 先日、この学校で3年生となった息子から相談がありました。毎年、3年生は、3週間近くにわたる修学旅行に赴きます。どこに行き何をするか、自分たちで計画を立てて準備します。今年は北海道で農業体験や知床の自然観察を行い、最後は札幌に来て北部教会に宿泊したいというのです。役員会にはかって了承しました。
 一行は引率の教師を含め23名、寝袋持参、食事は自炊で、北部教会の礼拝に出席した後、午後は博物館見学などに赴きます。うどん食堂は壮年会が担当ですので、得意のカレーライスをたっぷり準備する予定です。また、この日の夜には壮年会・女性の会で協力してチャリティー・ジンギスカンを行うこととしました。次週の教会は若い人たちであふれることでしょう。

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