カテゴリー「北部日記」の記事

2017年6月18日 (日)

北部日記 6月18日

☆この春まで北部教会に出席されていたKさんの結婚式に出席してきました。見るからに幸せな二人を囲んで、おおぜいの出席者みんなで喜びを共にしました。
披露宴のテーブルには、出席者それぞれへのメッセージカードがおいてあります。見ると「北海教区の連帯があったからこそ、今日という日を迎えることができたと思っています。北部教会の皆様にもよろしくお伝えください」とありました。札幌地区の教会の交わりの中で出会った二人です。これからも教会の喜びを深めていってくださるでしょう。
☆何年ぶりかで両親の家で過ごす機会を与えられました。二人とも80歳を過ぎ、健康の不安も抱えていますが、老いの衰えをじょうずに受けとめてそれなりのペースで穏やかに暮らしているようすに、ちょっとほっとして弟妹たちにも伝えました。二人のこんな日々が少しでも長く続くよう願わずにはいられません。
☆国会で「共謀罪法案」が成立してしまいました。なりふりかまわない強引な国会運営は、一面では政権のあせりの現れなのでしょうか。法案に賛成票を投じた議員たちは、いつの日か、その法が自分たちに対しても牙をむく可能性を考えはしなかったのでしょうか。じわじわと厳しい試練が身近に迫っている気配を感じずにはいられません。
しかし、考えてみれば、聖書の文書のほとんどは、そうした厳しい試練の状況の中で記されたものです。聖書のことばが、いっそうの重さと真実をもってわたしたちの前にその真理を示してくることでしょう。

2017年6月11日 (日)

北部日記 6月11日

 今年度の教会の課題に、「高齢に伴う課題」「他教会との交流・協力」を挙げています。役員会やいろいろな場で、これらの課題にかかわる相談がなされています。
 先日は女性の会で認知症について学びました。伝道委員会では、今年度の「ほくぶカフェ」の企画を考えていますが、やはり高齢者の生活にかかわるテーマが候補に挙がっています。先週の役員会では、礼拝に来られなくても教会の交わりにつながるにはどうしたらいいか、少し相談しました。高齢に伴う課題は、社会全体が向き合ってきている大きな重いテーマですが、教会でも、教会らしく、いっしょに考え、話しあっていけたらと思います。
 他教会との交流として、昨年来、「中標津伝道所を訪ねたい」という声が挙がっています。ちょうど今、札幌地区青年協議会でも、この秋に中標津伝道所への訪問を企画しています。青年たちはお金を出し合ってレンタカーで行くことを考えていますが、もし北部教会から誰かが車を出していっしょに行ってくれたら、そのぶん青年たちの負担も少なくなるのでは、と役員会で話題になりました。
 札幌元町教会宣教協力募金にも継続してかかわり、こんどは高浜梨紗牧師を招きたいという声も挙がっています。
 また、これから諸教会の献堂式や就任式が続きます。7月には浦河伝道所が教会となる「教会設立式」も予定されています。いろいろな機会に足を運び、喜びと感謝を共にしましょう。

2017年6月 4日 (日)

北部日記 6月4日

☆先週はバザーでした。前日、各地の小学校の運動会が、あいにくの雨でどこも中止。バザー当日が運動会と重なることになり、「お客さんも、お手伝いの人手も少なくなるね」と覚悟しました。たしかに、お客さんはいつもほど多くはありませんでしたが、そのぶん、いつもより落ち着いて対応ができ、売り子さんたちも交替で買い物を楽しむことができたようです。近年のバザーは、北部教会だけでなく、子どもの家の関係者や、他教会そのほかの出店者の方々との交流を楽しむ場でもあります。そうしたつながりをゆっくり味わい楽しむ機会となりました。
☆先日、北星学園余市高校の就任式に招かれて出席してきました。キリスト教に基づくユニークな教育で知られる北星余市高ですが、報じられているように、経営困難に直面し、これからの入学者数しだいで閉校の可能性も抱えています。新校長の就任に際しても、単純に「おめでとう」とは言えない重たさがありました。地元の余市教会は、小西陽祐牧師が率先して北星余市高の存続のためにさまざまな協力をしてきています。就任式で、高校の関係者が、「小西牧師が『キリスト教学校を、教会が支えないで誰が支えるのか』と言ってくれることに励まされている」と述べていました。困難な時代だからこそ、つながり、支えあうことの意味がいっそう深まっています。
☆きょうはペンテコステ、また教会創立記念礼拝です。私たちをふしぎにもつないでくださるのが聖霊の働きです。北部教会も、たくさんのつながりに生かされ、はぐくまれてきた歩みを思うのです。

2017年5月28日 (日)

北部日記 5月28日

 S井さんが96歳で天に召されてから、もう10年以上になります。晩年は、日曜日の礼拝に出席するのを何より楽しみにしていました。毎日、ほとんどの時間をベッドで横になって過ごしていましたが、土曜日になるとそわそわと準備をし、日曜日の朝は、でかける時間のだいぶ前から身支度をしてベッドに腰かけて待っていて、ご家族の車でいそいそと教会に向かいます。礼拝から帰ってくると、疲れた体をベッドに横たえながら、「楽しかったなあ。来週が楽しみだなあ」と、にこにこしておられたと聞きました。
 先週は、女性の会で、認知症について学びました。認知症の予防や進行の抑制のためには、「人とふれあう」「楽しい刺激を受ける」「何か人の役に立つ」「ほめられる」といったことが大切だと言って、講師の方が「今日は皆さん、おしゃれして教会にいらっしゃってますね。これはすごくいいことです」と強調されていました。教会にいそいそと集まり、あいさつをかわし、教会の働きにたずさわり、互いに感謝しあう、そういう信仰の交わりが大きな支えとなるのです。ふと、S井さんの笑顔を思い出していました。
 認知症の家族をお世話している人を支えることの大切さも語られました。苦労を率直に人に打ちあけ、それに対してはアドバイスや激励よりも「つらいよね」という共感が求められるということです。互いの人生の重荷を分かち合って祈りあうことができる、信仰の交わりの恵みの深さに、ここでも改めて気付かされました。

2017年5月21日 (日)

北部日記 5月21日

 敗戦に至るまでの戦争の時代、「治安維持法」が社会や政治に深い影響を及ぼしていました。「治安維持法違反」を名目に検挙されたのは、政治や社会運動に携わった人たちばかりではありません。芸術家、宗教家、福祉活動、労働組合、教師、学生、外国人など、あらゆる立場の人々が「治安維持法」での取り締まりの対象となり、「自分は治安維持法違反などとは関係ない」と思っていたのに、ある日とつぜん警察に連行されてしまった人々も少なくありません。キリスト教関係者も多くその対象になりました。三浦綾子さんの晩年の小説の『母』や『銃口』も「治安維持法」の恐ろしさを描き出しています。
 「治安維持法」の成立は、民主的な「普通選挙法」の成立と同時期でした。「大正デモクラシー」といわれるような、前後の時代にくらべて比較的自由な雰囲気であったといわれるこの時期に、こんな恐ろしい法律がどうして成立したのか、歴史を学んでもどうも腑に落ちませんでした。当時の政治家たちや世論は、この法律のもたらす深刻な影響にどうして考えが及ばなかったのか、ふしぎでならなかったのです。
 しかし、まさに今、「あの時代の流れもこういうことだったのか」と腑に落ちてしまうような状況のただなかにあります。「現代の治安維持法」とも批判される「共謀罪法案」が国会で審議されています。かつての治安維持法がそうであったように、いちど成立した法律は、後日さらに強化され、もっと恐ろしいものになりかねません。「テロの恐怖」を逃れようとして「権力の恐怖」に陥る愚をくりかえすわけにはいかないのです。

2017年5月14日 (日)

北部日記 5月14日

 このごろ、「こども食堂」という活動が知られてきています。かつては「総中流」といわれた日本の社会も、今では格差が広がり貧困家庭が増えています。経済的な貧困だけでなく、困難な家庭の状況などもあって貧しい食卓しか知らないこどもたちに、安価でまた心なごむ食事を提供しようという有志の活動が「こども食堂」です。
 「こども食堂」だけでなく、「地域食堂」などと言われる活動も含め、さまざまな「いっしょに食べる」取り組みが広がっています。こどもだけでなく、一人暮らしの学生・青年のため、あるいはむしろ高齢者が集まっているところ、広く地域の交流の場として世代間の出会いと交流をねらったもの、食品や農の課題に関心を寄せている活動など、目的や形態は幅広くいろいろですが、いずれにしても、同じ場所で食事を共にすることで、体の栄養だけでなく、人との出会いや交わりの機会を与えられ、少しでも心ゆたかに生活を支えられることを願っての活動です。
 「太平子どもの家」の今後の活動について考えていく中でも、何度か「こども食堂」が話題となりました。本格的な「食堂」は難しいとしても、「子どもの家」の活動の中で「いっしょに食べる」機会を意識的に増やしていくこととしました。実際、「いっしょに食べる」プログラムの際には集まる人が増えてきているようです。今日の「太平子どもの家」後援会でも、「いっしょに食べる」こととしました。どうぞご参加ください。
 「いっしょに食べる」ことは、そもそも主イエス・キリストが大事にされたことでした。そのことの意味を新しく味わいましょう。

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2017年5月 7日 (日)

北部日記 5月7日

 先週、北海教区の総会が開かれました。議長選挙が行われ、さらにまた1期2年、議長をつとめることになりました。選挙の前に「すでに4期8年をつとめたので、そろそろ次の方に」と発言したのですが、あとで皆に「あれは逆効果」とひやかされました。副議長・書記も再選されましたが、大きな働きを担ってきた日向恭司教区幹事は、あと1年で退任されます。これからを次の世代に受け渡していくことが、この2年の課題です。
 総会の二日目の朝の祈祷会は留萌宮園伝道所の三浦忠雄牧師の担当でした。アイヌ民族情報センター主事でもある三浦牧師は、急遽、アイヌ民族の遺骨返還運動を進めている長老の小川隆吉さんに声をかけて議場に来ていただき、挨拶をされるようはからってくださいました。民族の誇りを示す衣装を身につけて講壇に立った小川隆吉さんの姿に、厳粛な感銘が広がりました。
 2月に行われた韓国へのスタディツアーの報告会が行われ、参加者から何人か感想を語ってくださいました。中でも、18歳で参加したYさんの、率直でまた感性ゆたかな感想に、これも感動を深くしました。
 浦河伝道所を浦河教会とする議案が提案され、教会員のKさんが皆の前で願いを訴えました。温かい拍手と共に議案は可決されました。
 兵庫教区の大仁田拓朗議長が来られ、北海教区との宣教協約を願う兵庫教区の思いを伝えてくださいました。北海教区の連帯の経験を分かちあいたいと申し出てくださる兵庫教区の姿勢に励まされました。
 課題と共に、恵みと希望をも見出した総会でした。

2017年4月30日 (日)

北部日記 4月30日

先週、教会総会が行われ、私たちの教会の新年度の歩みを踏み出しました。あちこちの教会からも、新しい歩みにむかうお知らせが届いています。
 北海教区内で、新しく牧師・伝道師が着任した教会がいくつかあります。
  旭川星光伝道所     斎藤麻美・斎藤開
  美馬牛福音伝道所   斎藤開・斎藤麻美
  帯広教会         井田博康
  札幌北光教会     野田祥
  洞爺湖教会     佐藤待子
 伝道師として野田祥さんを迎えた札幌北光教会以外は、いずれもこれまで無牧師だったところです。斎藤麻美さん・斎藤開さんご夫妻は、二つの伝道所を互いに主任と担任として受け持ちます。帯広教会からは牧師就任式(5月28日午後4時)の案内も届いています。
 また、二つの教会で献堂式が予定されています。
  厚別教会   6月17日(土)午後1時より   
  新発寒教会  6月24日(土)午後1時30分より
 東札幌教会から、創立60周年記念礼拝のご案内が来ました。
  5月21日(日)午後2時   記念礼拝説教:籠場公郎牧師
 さらに、今週行われる教区総会では、浦河伝道所を浦河教会とする議案が審議されます。
 共にある諸教会の歩みをも祈りに覚え、足を運んで顔をあわせ、喜びと感謝を分かちあいましょう。

2017年4月23日 (日)

北部日記 4月23日

 先週は、イースターの礼拝を共に喜び祝いました。春風の吹く中、みんな明るい顔で集まってきていたのが印象的でした。
 礼拝には、隠退された福島恒雄牧師がご夫妻でおいでになりました。福島牧師は、かつて厚別教会の牧師から北海教区幹事となり、その後、旭川豊岡教会で長く牧会され、教会のひまわり幼稚園の園長としても大きな働きをされました。
 私が神学校を出て旭川豊岡教会に赴任した時には、留萌宮園伝道所での困難な開拓伝道に携わっておられました。経験のない新人の牧師にとって、前々任牧師が近くにおられることは何かと心強いことでした。道北地区の牧師会などで同席するたびに、教会のみならず、北海教区・道北地区での経験から、多くを教わりました。
 福島牧師はまた、教会の歴史の研究者としても知られています。1982年に出版された『北海道キリスト教史』は、今もなお読み継がれている業績です。私も神学校の卒業論文は日本のキリスト教史をテーマとしたのを知り、たいへん喜んでいろいろと誘ってくださったのですが、とても福島牧師のように研究に力を注ぐことはできませんでした。
 イースターの礼拝の後、福島牧師が「よい礼拝をありがとうございました」と声をかけてくださいました。何よりのイースターの恵みでした。

2017年4月 9日 (日)

北部日記 4月9日

☆4月1日土曜日の早朝、九州の教会に赴任したばかりのS牧師から電話がありました。「新任地の教会で週報を作るのに参考にしたいので、北部教会の週報を送ってください」とのこと。さっそく、できたばかりの週報をメールで送ると、折り返しのメールに「北部日記を読みました」と、感想が。かつての自分の新任のときの思いを記した内容に、共感してくれたようです。新任地でのお働きが楽しみです。
☆アメリカがシリアに数十発のミサイルをうちこみました。北朝鮮が2~3発を海に発射するのとは全く意味が違います。実際に人が死に、建物が破壊されたのです。シリア政権の毒ガス攻撃を理由としていますが、かつて「大量破壊兵器を保有している」との理由でイラクを攻撃したのに、そんな事実はなかったことも思い起こされます。いっぽうで、以前からシリアではむごい内戦が続き、多くの人々が死に、あるいは難民となって苦難に耐えていることも重い事実です。難民の受け入れをめぐって、ヨーロッパ諸国は深刻な苦悩を抱えています。わたしたちは、みずから苦悩するほど、他国の痛みに近づいているでしょうか。
☆岩波新書の『パウロ 十字架の使徒』を読みました。著者の青野太潮氏はバプテスト教会の牧師で、著名な聖書学者です。「パウロにとって、キリストは十字架につけられたままの姿だった」と著者は強調しています。十字架のキリストに従い、苦難を負い続ける生き方を生きることが示されているというのです。今週は受難週です。今も苦難を身に負っておられるキリストの姿をみつめましょう。

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