カテゴリー「北部日記」の記事

2020年7月 5日 (日)

北部日記 7月5日

 先月開催された教会総会では、短時間で終えるために諸報告は資料を示すだけとなりましたが、本来なら時間をとって聞くべきだいじな報告がありました。会堂建築会計のまとめです(総会資料37ページ)。
 札幌北部教会は、2008年度に現会堂を建築しました。それまでこつこつ積み立ててきた資金に、教会員のせいいっぱいの献金と教会外部からの献金を加え、それでも不足する資金を教会債と教区からの長期借入金でまかないました。1800万円を超えるこの教会債・借入金は、会堂完成後、10年かけて返済する計画でした。返済の資金もまたほとんどが教会員からの献金です。そして予定の10年が過ぎた2019年度、返済をほぼ終えるに至ったのでした。
 新会堂の建築経費は、当初7100万円と計画していましたが、計画の変更や追加工事なども含め約7600万円の支出となりました。教会外からの献金は、毎週の週報に掲載されているように、そのうちの1割弱にとどまります。残りの資金を長い年月をかけて教会員が献げてきました。この献金は、祈りの積み重ねでもありますが、そこには、すでに天に召された教会員たちの祈りも含まれています。感謝をもって、いま一度、報告を心にうけとめたいと思います。
 なお、現在、会堂会計は、教会の墓地会計から100万円を借り入れたままになっています。会堂の献堂から10年が過ぎ、メンテナンスの費用もかさんできます。また駐車場の敷地の半分は地主から無償で借りていますが、将来の購入を目標としています。なお祈りを重ねましょう。

2020年6月21日 (日)

北部日記 6月21日

 礼拝に集まれない間、日曜日の朝ごとに教会員にファックスやメールでその日の週報と説教原稿を送信し、また牧師家族だけの礼拝を録音・録画してインターネットで配信するようにしました。教会によっては礼拝をインターネットで同時中継しているところもありますが、そこまでの機材も技術もないので礼拝後の配信としました。
 録音・録画配信には、意外な反応も多くありました。メールで感想を送ってくださる方もあり、教会にはあまり足を運ばないご家族がいっしょに見たり、日曜日以外の日に礼拝のときをもったり、説教をくりかえし聞いて理解を深めたり、といったようすも知らされました。
 実は、今回の新型ウイルスの件が起こる前から、インターネットでの礼拝配信を試みては、という声がありました。高齢で外出が難しい方や、遠隔地の方も礼拝にあずかるためです。話はあっても、なかなか実際の試みにふみきれませんでしたが、しいられた形で不充分とはいえ、思いがけず実現にいたりました。いま、礼拝に再び集まることができるようにはなりましたが、なお継続して配信を試みていくことにします。
 プライバシーへの配慮などから、録画は一般公開せず、アドレスを知らせた人だけが視聴できるようにしています。でも、いつもの礼拝に知人を誘う程度に、他の人にアドレスを知らせるのはかまわないでしょう。
 いっぽう、教会員には、インターネットもファックスも使っていない人も何人もいます。それでもなんらかの形で礼拝につながる手段を、なお配慮していかなければなりません。

 

2020年6月14日 (日)

北部日記 6月14日

 先週の日曜日には、1か月半ぶりに会衆一同集まっての礼拝を献げることができました。久しぶりに顔を合わせて、あちこちで嬉しそうに声をかけ(感染予防からは好ましいことではないかもしれませんが)、抱きあわんばかりに挨拶をかわしあう姿がありました。この日は私たちの教会の創立記念日礼拝にもあたり、教会があることの意味や、教会とは何かを覚えるときとなりました。
 礼拝後には延期されてきた教会総会を行いました。口頭での報告はほとんど省略、簡潔な質疑や意見交換の後、議案はみな可決され、1時間ほどで終えることができました。新たな役員が選ばれ、今日の礼拝で任職式が行われます。任期を終えた4名の前役員は、通常よりも1か月以上長く役員の任を負ってくださいました。ご労苦を主がねぎらってくださるよう祈ります。
 総会では20年度活動計画や予算も可決されましたが、この状況では計画通りにことが進むとは限らないことも了解のうえです。役員会を中心に、その都度の判断をしていかなければなりません。教会や、つながるひとりひとりのことを皆で考え気遣っていくことが求められます。難しいけれどもだいじな訓練のときともなるでしょう。
 先週から、太平子どもの家の活動も慎重に再開しています。社会の活動も徐々に回復する一方、感染の波のぶりかえしも警戒されています。このときにあって、教会は、世の苦悩を共に味わいながらも、なお希望を指し示す存在でありたいと思うのです。

2020年6月 7日 (日)

北部日記 6月7日

 今日、久しぶりに一同で集まっての礼拝を献げます。どんな思いで教会に集まってきたことしょう。今日はまた、教会創立記念日礼拝にあたります。私たちの教会の歩みをふりかえり、私たちの教会が、何をこころざし、どんなふうに歩んできたか、かえりみる機会でもあります。
 7年前の教会一日修養会で、「これからの北部教会」をテーマに語りあい、分団ごとに祈りの一句を考えて「北部教会の祈り」を作りました。
「神さま
札幌北部教会をとおして多くの人(被災地の方たちや地区・教区の方たち)と交わりができ、そのために年よりも若者も行動する力をおあたえください。
今まで以上に、小さい子どもからお年寄りまで、共に手を携えて神さまを讃美する教会になれますように。
幼な子にキリストの愛を、高齢者には神の平安を、共に歩む私たちに喜びを与えてください。
苦労話を聞きながらゆったりと分ちあうことができますように。
家族の内に信仰がつながっていきますように。
病める魂にそっと寄り添う教会でありますように
 私たちを互いの弱さを分ちあう神さまの家族とさせてください。
 主イエス・キリストの御名によって祈ります。 アーメン」
きょうはまた礼拝後、教会総会が行われます。この祈りをまた心に覚え、私たちの歩みを共に進めていきましょう。

2020年5月31日 (日)

北部日記 5月31日

 礼拝の最後の祝祷では、『コリントの信徒への手紙二』の末尾の句によって「・・・聖霊の交わりが、あなたがた一同と共にあるように」と祈ります。
 「交わり」は、原語のギリシア語では「コイノニア」です。「コイノニア」とは、もともと「共にする」という意味からきていて、「わかちあい」「参与」「援助」といったニュアンスを含む語です。「聖霊の交わり」とは、具体的には「聖霊に共にあずかり、ひとつの聖霊をわかちあう関係、またその仲間たち」説明したらいいでしょうか。
 かつて、ペンテコステ(五旬祭)の日に、弟子たちに聖霊が与えられたときのことを、聖書は「炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった(使徒言行録2:3)」と述べています。「炎のような舌」として現れた聖霊は、ひとりひとりに分かち与えられたのですが、それによって一同が新たにひとつに結ばれて、教会が形作られていきます。教会に加わるひとりひとりが共に聖霊にあずかるだけでなく、各地に生まれた諸教会もまた共に同じ聖霊をわかちあい、それゆえにひとつの交わりに結ばれていると信じたのです。
 『使徒信条』でも「我は聖霊を信ず・・・聖なる公同の教会、聖徒の交わり…を信ず」と述べられています。聖霊は、信徒たちを、そして諸教会を結び合わせる見えないきずななのです。
 今年は、イースター以降、いっしょに集まって顔をあわせることができないままに過ごしています。それだからこそ、見えない聖霊のきずなをいっそう深く信頼するように導かれるのではないでしょうか。

2020年5月24日 (日)

北部日記 5月24日

  先週木曜日は、教会の暦では「昇天日」でした。主イエス・キリストが、復活して40日にわたって弟子たちに現れた後、天に昇って姿が見えなくなった、という使徒言行録1章の記事にもとづき、イースターから40日目が昇天の記念日とされています。私たちの教会ではあまりなじみがありませんが、この日をこぞって祝うならわしの国もあるそうです。
  弟子たちにすれば、愛する主イエスがせっかくよみがえって現れてくださったのに、再びまた見えなくなってしまったことになります。がっかりしたり、悲しんだり、寂しがったりしても無理はありません。それでも、聖書には弟子たちのそんなようすは記されていません。主イエスが見えなくなったとしても、弟子たちには、まもなく聖霊が与えられ、さらにはいつの日か主は再び来られるという約束が残されました(使徒1:8,11)。弟子たちは、姿を見ることはできなくても、主イエス・キリストはこれからもいつも共にいてくださると信じたのです(マタイ28:20)。「見えないけれど、共にいる」「今は会えないけれど、いつかまた会える」という信仰が、その後の教会を支え導くことになります。
 さて、今、「キリストの体」である教会に集まることのできない状況が続いています。これまでは見えていた集いが、見えなくなってしまいました。必ずいつかまた元のような集いがもたれるでしょうけれど、いつになるのか、さだかではありません。でも、それまでの間も、見えない「キリストの体」はそこにあって、わたしたちは共にいるのです。「見えないけれど、共にいる」「いつかまた会える」ことを信じましょう。

2020年5月17日 (日)

北部日記 5月17日

 教会の集まりも太平子どもの家の活動もできず、会堂は静まりかえっています。それでも毎日のように誰かしら教会にたちよってくださる方がいます。牧師室でひとり仕事をしているときに会堂のドアの開く音がすると、とびあがるほどうれしく、すっとんで出ていきます。
 先日、気がつくと包みがおいてあり、「久世様 お使いください。会社から送ってきた一部です。遠慮しないで! 9班のタイガーマスク」と書き添えてありました。包みをあけるとマスクの箱! 町内会のどなたかからのプレゼントでした。とてもうれしく、心が温まりました。
 ドイツ在住の作家の多和田葉子さんが「コロナ・テスト」ということをしています。わたしたちのこれまでの生活や社会のありかたが、この状況のなかでテストされている、という意味です。これまでに与えられてきたもの、あたりまえにあったものの価値や意味があらためて示され、また、わたしたちがつくりあげ、築き上げてきたものが何だったのか、あるいは私たちの心の内にあるものや、表に見えていなかった社会の実態も明らかにされてきています。思いがけないうれしいこと、ありがたいことに気づかされることもあれば、隠されていた弱点やほろこび、醜さや罪深さまでもがあらわにされてきてもいます。
 いつか、ウイルスの蔓延がおさえられ生活が落ち着きをとりもどしたとしても、「コロナ後」は、それ以前と同じにはならないでしょう。テストによって明らかにされた、よいもの悪いものと、どう向き合っていくか、ずっと課題としてひきずっていかなければならないのです。

2020年5月10日 (日)

北部日記 5月10日

 「私は信仰が浅くて、ひとりで祈ったり聖書を読んだりできなくて」と相談されるたびに、「日曜日に教会の礼拝に来たら、それでいいんですよ」とお話ししてきました。ところが、今はその礼拝に集うことができなくなっています。先日から案内しているように、説教原稿をFAXで送ったり、インターネットで礼拝を見聞きできるように試みたりしていますが、そうした手段の届かない方々も少なくありません。礼拝を共にできないことは、ほんとうにせつないことです。
 でも、そういう今だからこそ、自分でみことばに触れ、祈る時をもつ、新しい機会となるかもしれません。ぜひ、一週間のうちにひとときでもそういう時を確保していただければと願っています。
 そのための手立てのひとつとして、ホレンコ(Horemco 北海道マスコミ伝道センター)の働きを紹介します。ホレンコは毎週土曜朝6時35分から数分間、HBCラジオ(1287Hz)で「喜びの扉」という番組を放送しています。これはホレンコのホームページでも聞くことができます。FMラジオカロス・サッポロ(78.1Hz 日曜朝8:45)、FMドラマシティ(77.6Hz 土曜朝10:45)でも別番組を放送しています。また、電話(011-736-0105)でも3分ほどのメッセージを聞くことができます。いずれも、札幌近郊の諸教派の牧師たちが交代で担当して録音しているものです。
 ホレンコは、広大な北海道で放送による伝道を進めようと60年前に設立されました。今この事態のなかで、思いがけず多くの人を励ます力となっています。

 

2020年5月 3日 (日)

北部日記 5月3日

 長く入院されていた、教会員のKさんが、4月29日、88年のご生涯の歩みをしずかに終えられました。
 Kさんは、若いころカトリックの学校の寄宿舎生活を送る中で、修道女の方々の指導を受けたのがキリスト教との出会いであったといいます。戦後、さらに求める思いを強める中で、寄宿舎生活と日常生活がかけはなれているのでは、と矛盾を感じて、友人と二人で早朝、プロテスタントの札幌北一条教会に押しかけ、牧師に「信者にさせてください」と申し出たそうです。牧師にはやさしく「日曜日の礼拝にいらっしゃい」と促され、しばらく通いましたが、寄宿舎を抜け出しては別の教会に通うのが大変問題視されたそうです。
 卒業・就職し、嫁ぎ先が仏教の家だったために教会から遠ざかっていたのですが、家の近くにできた札幌北部教会の太平子どもの家にお孫さんが入園したのをきっかけに、北部教会に通うようになりました。「自分勝手と思いながら、とても出入りのしやすい教会で心にひかれることも多く、黙って入り黙って帰るという形の礼拝をするようになって」と述べて、1996年のクリスマスに洗礼を受けました。
 その後、しずかに信仰を守り、とくに太平子どもの家には思いを寄せてくださっていました。4年ほど前からずっと入院し、一時は気持ちも落ち込んでいたのですが、お見舞いしてお祈りすると喜んで「アーメン」と声をあわせてくださるときもありました。Kさんの魂は、若いころから導いてくださった主の御手の内にあると信じます。

2020年4月26日 (日)

北部日記 4月26日 

 社会が、重苦しく息のつまるような雰囲気に包まれています。「いつまで続くのか」「これからどうなるのか」という不安だけでなく、「いつ、身の回りに命の危険がおよぶのか」「家族や自分は、はたして大丈夫だろうか」という深刻な恐れにとらわれています。身を守る確かなすべが見いだせず、頼れるてだてにすがろうと右往左往してしまいます。
 こうした心理状態は、おそらく、戦争中の人々の心理と共通するものでしょう。かつて、日々空襲の不安にさらされ、食料・物資の不足に悩み、家族を兵隊にとられ、いつまで続くかもわからない緊張の中に生きていた時代の人々の心を思います。解消できない恐怖や憤り、不満やいらだちが、周囲の人への攻撃をかりたて、「非国民」とののしったり、根拠もなく密告するなど、無数の暗いできごとが起こりました。
 戦争中の日本だけではなく、古今東西、危機の下の人間の状態には、共通するものがあるでしょう。聖書のことばは、こういう危機の状態の中で記され、そして読まれてきました。世の中や人の心が危機に揺さぶられるときにこそ、聖書のことばはふしぎにも力を発揮してきたのです。
 かつての戦争の時代、日本の教会は、外から内からの力に揺さぶられる危機の中、深刻な過ちも犯してしまいました。そうした痛恨の歴史を戒めとしてかたわらにおきながら、いま心が騒ぎ揺れ動くなかで、あらためて聖書に向き合い、その語りかけるメッセージに耳を傾けましょう。これまでの穏やかなときには聞き取ることができなかった、聖書の奥深く力強いことばを聞きとることができるかもしれません。

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