カテゴリー「北部日記」の記事

2018年1月13日 (土)

北部日記 1月14日

 礼拝の最後に「祝祷」がなされます。祝福の祈りです。単なる閉会のことばではありません。「礼拝のクライマックス」とまで言われるほど、大切なことばです。
 これまで、牧師が不在の際には、大野牧師に祝祷をお願いしていました。しかし今後はどうしたらいいか、先週の役員会で少し相談しました。まだ結論は出ていませんが、当面、「黙祷」することとしました。
 実は、牧師でなければ祝祷をしてはいけない、と定められているわけではありません。教団では、かつていろいろ議論がなされ、現在は祝祷に関する規定はありません。それでも、なんとなく「祝祷は牧師がするもの」と考えられているようです。
 先週行われた北海教区年頭修養会は、「みんなでつくる礼拝」をテーマに、礼拝について学びました。講演に引き続き、ワークショップとして「祝祷のことばを考える」という時間がありました。数名ずつグループに分かれ、手引に従ってそれぞれ祝祷のことばを作ってみるのです。
 祝祷のことばを創作するのは、新鮮なとりくみでした。礼拝に集められ、日常の問題を主に告白し、福音のみことばをいただき、祝福されてまた日常生活に戻っていく礼拝の意味を、その日の礼拝にふさわしい祝福のことばをみんなで考えることを通していっそう深く考えることができました。
 これから、時代の環境や条件がどんどん変わっていく中、教会の礼拝の形もまた柔軟に考えていっていいのだと促されました。わたしたちの教会にとって、ちょうどよいタイミングでの年頭修養会の学びでした。

2018年1月 7日 (日)

北部日記 1月7日

 新年最初の日曜日です。すでに正月気分も薄れ、とっくに仕事も始まっている人も多いでしょう。それでも、今日はあらためて主の恵みの光のもとでの新しい日々の始まりを心に受けとめたいと思います。
 2018年は、どのような年となっていくでしょうか。昨年からの流れをふりかえると、社会の状況も、世界情勢も、残念ながら喜ばしい方向へのきざしはなかなか見出せません。個々人の歩みはどうでしょうか。もちろん、将来への希望をしっかり見つめている人もあるでしょうが、健康の衰え、生活の不安、先行きへの迷い、寂しさやむなしさを抱えている人もまた多いでしょう。教会の歩みもけっして安泰とはいえません。昨年、教会の財政の課題について懇談会をもちましたが、これから教会の運営にもいっそう苦労を味わうことを覚悟しなければなりません。
 けれども、むしろこのような時にこそ、信仰が光として輝きだすのだと思うのです。聖書のことばは、そのほとんどが、幸福に満ちあふれる中ではなく厳しくつらい歴史的体験のただなかで記され、また読まれてきたものです。暗く厳しく重い時の中でこそ、聖書のことばの真価を、私たちは知ることになっていくでしょう。そして、生ける神のみことばである御子キリストが、私たちのところにおいでになり、私たちと共にいてくださることを、いっそう深く実感し、その意味を知ることになるでしょう。
 新しい日々、私たちの主と、ますます深く、かたく、強く結ばれる時となることを、希望として仰ぐのです。

2017年12月31日 (日)

北部日記 12月31日

 クリスマス礼拝には、初めての方、久しぶりの方、遠方からの方など、たくさんの人たちといっしょに喜び集うことができました。またクリスマスのおたよりもいくつも届いています。
 「雪の中、キャロリングをして回ったクリスマスを懐かしく思います。おかげさまで結婚生活も順調で、毎日楽しくすごしています。良いクリスマスをお迎えください。」(K川)
 「5月には証を行うことができ、自分の信仰を見つめ直す良い機会になりました。先日は大野先生が天に召され、とても淋しく残念です。いつも皆さんに覚えて祈りに加えていただき感謝です。来年も元気をたくさんください!!」(S)
 「昨年は久々に礼拝に出席させていただき幸いでした。皆様にお会いできてタイムスリップしたようでした。」(U)
 「今年も多くのご支援、温かい励ましを頂き本当に感謝いたします。青年会の方もいらしてくださりとてもうれしかったです。いつかまた北部教会にお伺い出来ます事を楽しみにしております。」(K出)
 「クリスマスカードありがとうございました。楽しくなつかしく読ませていただきました。福島は雪のないクリスマスです。川谷教会に来て3年あっという間に過ぎていっております。どうぞ北部の皆様も健康が守られ、うれしいクリスマスとなるようお祈りいたしております。」(*谷)
 クリスマスに集うことができなかった方々も多く覚えます。どこにあっても主が共におられる恵みに満たされますように。

2017年12月17日 (日)

北部日記 12月17日

 現代イスラエルの地中海岸に「テルアビブ」という大都市があります。昔ここは「ヤッファ」という港町で、ペトロが幻を見た所でした(使徒言行録10章)。長くオスマン・トルコ帝国の支配下にありましたが、20世紀になってイギリスの統治下におかれました。その頃からヨーロッパのユダヤ人が「故国」への移住を進め、ヤッファに隣接してヨーロッパ風の町を作り「テルアビブ」と名づけました。ユダヤ人の先祖たちがバビロン捕囚時代に住んだ地の名です(エゼキエル書3:15)。ここを拠点に、先祖のようにやがて故国を再建するのだ、という願いをこめたのでしょう。
 しかし、この地域にはその前から多くの人々が住んでいて、歴史や生活や社会が築かれていたのです。この地のパレスチナ人にとって、ヨーロッパ文明を背景に続々とやってくるユダヤ人たちは、圧倒的な侵略者にほかなりません。第二次大戦後、国連は、この地にパレスチナ人とユダヤ人がそれぞれの国家をつくり、中心都市エルサレムは国際管理下に置くことを決議しました。しかし、その後建国されたイスラエル国は武力でエルサレムを占領し、ここをイスラエル国の首都と宣言したのです。
 その後も、パレスチナ人はもちろん、国際社会もエルサレムをイスラエルの首都とは認めず、各国の外交機関はテルアビブにおかれてきました。しかし先日、アメリカのトランプ大統領はエルサレムを首都と認めることを公にしました。この地の歴史と、パレスチナ人のみならず国際社会の意志を踏みにじる暴挙です。その影響ははかりしれません。エルサレムが真に平和の都となる日は来るのでしょうか。

2017年12月10日 (日)

北部日記 12月10日

 先月から入院されていた、協力牧師の大野一夫先生が、7日早朝、ご家族に見守られながら天に召されました。教会で葬儀が行われ、教会員一同でお送りしました。
 大野先生の容態が厳しいと聞いて、北部教会出身の小西陽祐牧師にお知らせすると、余市から車を飛ばして病院にかけつけてくださいました。幼い頃から知る小西陽祐さんのお見舞いに、大野先生も「ありがとう」と涙を流して喜んでおられたそうです。
 道北で親しくしておられたロバート・ウィットマーさんからは、「大野一夫牧師が天に召されたことを知りました。とても悲しいです。1990年、私が初めて稚内教会の代務者になった時に大野さんご夫妻は大きな支えと力になりました。忘れられない貴重な働きをしてくださり、言葉で感謝の気持ちを十分あらわせないほどです」とメールが届きました。
 稚内時代の大野先生を知るひとりが、F宮さんです。当時、F宮さんはキリスト者ではありませんでしたが、教会に通う*恵さんと知り合ったとき、*恵さんは「教会の親しい先輩です」と大野先生ご夫妻のところにF宮さんを連れて行ったそうです。F宮さんは、「このようにすばらしいご夫妻と親しいなら、きっとよい人に違いない」と確信して*恵さんとの結婚を決めたと聞きました。
 多くの人の心に、忘れられないあたたかな貴いプレゼントを残していかれた大野一夫先生です。これからもおりにふれ、私たちの交わりの中で、大野先生の面影と信仰とが思い起こされることでしょう。

2017年12月 3日 (日)

北部日記 12月3日

☆アドベントに入りました。会堂にもクランツが飾られ、ろうそくが1本ずつ灯されていきます。ここ何年か、アドベントには週ごとに祈りの課題を挙げていますが、今年の課題は下記のようにしました。礼拝の司会者の祈りに覚えていただくほか、祈祷会や、また各自の日々の祈りの中でお覚えください。
 第1週「平和のために」    
 第2週「高齢者と病気の方々のため」
 第3週「こどもたちと若者たちのため」 
 第4週「家族と求道者のため」
例年のように「北部だより」も発行して近隣に配布します。クリスマスの機会に、多くの人が教会に関心を寄せていただければと願います。
☆アドベントに入ると、さまざまな教会や団体からの「クリスマス献金」の依頼が次々に送られてきます。北部教会の会堂建築の際も、クリスマスの時期に募金趣意書を全国に送りましたね。教会に届いた趣意書などで部数の多いものは週報ボックスに入れますが、数が少ないものは受付または玄関のスタンドにおいてあります。関心のあるものはもっていってかまいません。
☆教区年頭修養会まであと1ヶ月あまり。北部教会からは17名が参加を申し込んでいます。バザーも出店予定ですので、どうぞご協力ください。さて、次年度の年修は札幌地区が担当です。すでに実行委員会も発足し、計画に着手しています。これからテーマやプログラムなど、いろいろ考えていかなければなりません。もしもなにかアイディアや要望がありましたら、実行委員まで。

2017年11月26日 (日)

北部日記 11月26日

☆先週日曜日、代務者として*別教会の役員会に出席するため、1時少し前にあわただしく車で出発しました。雪道を走り出してほどなく、なんだか車の調子がおかしくなり、警告ランプが次々に点灯。あわててガソリンスタンドにすべりこんだところで動かなくなりました。スタンドでも対応できず、JAFのレッカー車を呼びましたが、雪で救援依頼が殺到していて、レッカーが来たのはなんと午後7時すぎ。車は二日後には修理が終わりましたが、*別教会にはご迷惑をおかけしました。次の役員会は12月10日、まずはちゃんとたどり着かなければなりません。
☆11月23日には、毎年「靖国神社問題北海道キリスト教連絡会議」が行われています。今回は、もっぱら「天皇の代替わり」が話題となりました。今、現天皇の生前退位が計画されています。30年近く前、昭和天皇の死去によって新天皇が即位した際には、葬儀と即位に関連して神道にもとづく諸行事・儀式が大々的に行われ、報道でも天皇を君主のようにあがめる扱いがなされました。戦後、すなわち国民を主権者とし政教分離を定めた日本国憲法のもとでの最初の天皇の代替わりでしたが、戦前と変わらないようなありさまでした。こんどの「代替わり」は、葬儀こそ予定にないものの、即位に関連してまたもや大がかりな行事・儀式が行われ、天皇をおしたてて国家の権威を神道の装いと共に演出し、憲法をないがしろにする企てが進められることでしょう。主権者として、そしてキリスト者として、立場と姿勢が問われる時を迎える心備えをしなければなりません。

2017年11月19日 (日)

北部日記 11月19日

☆ろくろく公園の木の葉が、この秋はことのほか美しく赤や黄色に色づいて、目を楽しませてくれました。教会の公園側のベランダの周囲の壁面は、この公園の紅葉の色を写して塗装したものです。この時期、公園から会堂を見るのも色が重なって一興でした。やがて木々の葉も落ち、朝の冷え込みに冬支度をせきたてられました。落葉を集め、花壇の枯れたコスモスを抜き、雪折れしないようハマナスの枝を縛り、ブドウを剪定し、植木鉢を片付け、除雪機の準備もできました。いよいよ雪の季節です。厳しい冬の日々を守られますように。
☆交換講壇で旭川六条教会を訪れました。会員数180名、礼拝出席約80名と、道北地区はもちろん、北海教区でも大きな役割を担っている教会です。この教会で義父が信仰生活を送り、教会の交わりをよろこび楽しんでいました。お世話になった教会員の方々も、年齢を重ねながら礼拝を大切に集ってきていました。この教会はまた、作家の三浦綾子さんが属した教会としても知られています。夫の三浦光世さんともども、誠実に教会生活を送っていました。教会員もまた、今なお親しみと敬愛をこめて三浦さんご夫妻の思い出を語ってくださいます。かねがね、三浦綾子さんの作品には旭川六条教会の信仰のありかたが反映していると思っています。今回、教会員の方々から、「三浦さんの新作を読んだとき、あのときに礼拝や集会で聞いたことだ、と思いあたることも何度かありました」と聞きました。旭川六条教会は、三浦文学をはぐくんだ教会でもあるのです。

2017年11月12日 (日)

北部日記 11月12日

☆25年前、はじめて牧師となって旭川に赴任したとき、北海教区内に同時に新着任した牧師たちが何人もいました。小樽公園通教会に来られた西岡昌一郎牧師もその一人です。もちろん、そのときにはすでにいくつかの教会での牧会経験を積んでおられ、満を持しての着任でした。その後しばしば教区の会議や集会での鋭く厳しい発言を聞き、その毅然とした牧会の姿勢にわが身をかえりみさせられました。やがて共に働く機会も増え、とくに西岡先生が教区議長となった際には副議長として支える立場となりました。共に労する時間の中で、かつてはちょっとこわく見えた西岡先生のあたたかくやさしい面をよく知るようになったのは幸いです。西岡先生は今年度いっぱいで北海道外への転任が決まっています。今日、交換講壇の機会に、北海道でのお働きへの感謝をこめてお迎えしましょう。
☆先日、牧師の働きと教会のこれからについて懇談会が行われました。もう少し話を進めたいとの要望があり、12月10日の礼拝後、続きの懇談会を行うこととなりました。今回も牧師は出席せず信徒だけで話しあいます。前回は参加できなかった方々もぜひ加わって、大切な話し合いを進めていただければと思います。
☆厚別教会の大庭康男牧師が10月に辞任されました。4月には新しい牧師を迎えようと準備を進めていますが、それまでの間の代務者を依頼されました。役員会にはかり、他教会への協力の業として承認いただきました。ほぼ月に一度の説教および役員会に赴きます。厚別教会の課題を覚えて共にお祈りください。

2017年11月 5日 (日)

北部日記 11月5日

 先日、札幌地区信徒講座が行われ、中標津伝道所の信徒の小*さんからお話を聞きました。中標津伝道所が正式に設立される以前からの働き、伝道所として歩みだしてからの内外の困難、そして現在の状況など、苦しかったこと、難しい問題、重いできごとを含め、率直に語ってくださいました。多くの労苦を超えて、この群れを導き守ってくださる主のみわざの証に、80名を超える参加者一同、心明るく励まされました。
 あわせて、先日、中標津伝道所を訪問して礼拝に参加した、札幌地区青年協議会(札青協)のキャラバンについて、S井さんが報告しました。担当教職の高濱心吾牧師を含めた青年たち一行は、中標津まで何時間も車を運転し、着いてからは会堂の掃除や礼拝後の食事などの奉仕をする計画でしたが、かえって中標津の皆さんにもてなされ、力づけられて帰ってきたと、心暖まる報告でした。若者らしい楽しい企画と、S井さん自身のことばによるさわやかな報告を、これもみんなでうれしくなごやかに聞き、明るい感動を与えられました。
 そのほかに、教区からとして、この春の教区総会で決議された、「代務体制の教会の礼拝支援」の方策について少し報告の時間をいただきました。牧師を招聘できないでいる教会と、そうした教会に代務者を送り出している教会、そして代務者としてあるいは信徒であってもそういう教会の働きを担っている方々を少しでも支えようと、一定の枠組みで教区から支出をするしくみです。困難を分ち担い、支えあうことが、教会にとって、喜びとなり、力となることを確かめあった一日でした。
 

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