カテゴリー「説教要旨」の記事

2018年6月 9日 (土)

6月3日「キリストの名によって」創立記念日礼拝

 次の日、議員、長老、律法学者たちがエルサレムに集まった。大祭司アンナスとカイアファとヨハネとアレクサンドロと大祭司一族が集まった。そして、使徒たちを真ん中に立たせて、「お前たちは何の権威によって、だれの名によってああいうことをしたのか」と尋問した。そのとき、ペトロは聖霊に満たされて言った。
 「民の議員、また長老の方々、今日わたしたちが取り調べを受けているのは、病人に対する善い行いと、その人が何によっていやされたかということについてであるならば、あなたがたもイスラエルの民全体も知っていただきたい。この人が良くなって、皆さんの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられたあのナザレの人、イエス・キリストの名によるものです。この方こそ、『あなたがた家を建てる者に捨てられたが、隅の親石となった石』です。ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。」
 議員や他の者たちは、ペトロとヨハネの大胆な態度を見、しかも二人が無学な普通の人であることを知って驚き、また、イエスと一緒にいた者であるということも分かった。しかし、足をいやしていただいた人がそばに立っているのを見ては、ひと言も言い返せなかった。                (使徒4章5~14節)

 名前には力があります。それを「権威」と言います。
 逮捕されたペトロとヨハネは、なんの権威、だれの名によって、歩けなかった人を癒したのかと尋問されました。考えられないようなことが起きたのは、いったい何の力によるのか、追求されたのです。
 ペトロは、「あなたがたはナザレの人イエスを殺したが、神は彼を復活させた。ことを成し遂げたのはこのイエス・キリストだ」と堂々と主張します。つい先日のイエスの逮捕の際には逃げ隠れしていたペトロのこの姿勢に、指導者たちは驚きます。そして「彼らはイエスと一緒にいた」と気付きました。ガリラヤからエルサレムへ、そしてもしかしたら、癒しが行われたときも、イエスと一緒だったのではなかったか、と。
 教会は、そういうところです。ただの人であっても、聖霊が注がれ、イエスと一緒にいて、イエス・キリストの名、その力がことを成していくのです。
 今日は北部教会の創立記念日です。1976年の伝道所開設から10年で土地取得・会堂建築をはたし、50名の教会へと驚くような成長をとげました。しかし、10周年の記念誌には、この間の牧師・信徒の不安や迷いが率直に記されています。それと共に、主が祈りにこたえてことを成し遂げてくださると確信できた幸いも証されています。キリストの名によってことが成し遂げられていったことを、この教会の歩みが証しているのです。
 ところで、キリストの名によるわざを証したのは、ペトロとヨハネだけではありませんでした。足を癒された人は、自分では何もしたわけではありません。しかし、思いもよらずに癒され、それを喜び感謝し、二人についていっていたのです。その存在自体が証として用いられました(14節)。わたしたちも、いただいた恵みをせいいっぱいに喜び賛美しつつ歩みましょう。

2018年6月 2日 (土)

5月27日 「転機」

さて、サウロはなおも主の弟子たちを脅迫し、殺そうと意気込んで、大祭司のところへ行き、ダマスコの諸会堂あての手紙を求めた。それは、この道に従う者を見つけ出したら、男女を問わず縛り上げ、エルサレムに連行するためであった。ところが、サウロが旅をしてダマスコに近づいたとき、突然、天からの光が彼の周りを照らした。サウロは地に倒れ、「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。「主よ、あなたはどなたですか」と言うと、答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる。」同行していた人たちは、声は聞こえても、だれの姿も見えないので、ものも言えず立っていた。サウロは地面から起き上がって、目を開けたが、何も見えなかった。人々は彼の手を引いてダマスコに連れて行った。サウロは三日間、目が見えず、食べも飲みもしなかった。  (使徒9章1~9節)

 サウロ、後のパウロは、キリストに出会うまでは、伝統的な信仰を守ることに熱心でした(ガラテヤ1:13~14)。神の民としての出自を誇り、ファリサイ派の一員として律法を守ることにつとめていたのです(フィリピ3:5~6)。 
  ところが、キリストと出会ったことによって人生がまったく変えられてしまいます。教会を迫害していたのにキリストを宣べ伝える者となり、律法を守ることにつとめていたのに「律法ではなく信仰による救い」を主張し、異邦人からみずからを隔てるファリサイ派であったのに異邦人の使徒とされたのです。
 このように人生が180度変えられることは、それまでの人生が否定されることです。これまで正しいと信じてすべてを献げ、そのためには人を傷つけ損なうことさえいとわなかったことが間違いであったのです。人生の土台が崩れるような衝撃に、どれほど苦悩したでしょうか。「三日間、目が見えず、食べも飲みもしなかった(9節)」とは、何もかも見失った絶望の中、生きる意欲さえ失ったことを示しているでしょう。
 かつて日本の敗戦と共に、多くの人々がそのような苦悩を味わいました。作家の三浦綾子さんも、「日本は神の国」と信じ、教えてきたことが間違いであったことに絶望し、生きる意欲も失ったといいます。
 しかし、サウロの苦悩の「三日間」は、キリストの死から復活への道のりをも示しています。彼が見えなくなったのは、けっして暗闇に落ち込んだからではなく、「天からの光(3節)」に囲まれたからでした。サウロの苦悩の三日間は、神からの光によって新しい命を生きるようになるまでの過程でした。
 人生の転機に臨み、苦悩に沈むときがあります。しかしそれは神の光に照らされた時なのかもしれません。やがて周囲の人々の助け、教会の交わりが与えられ、新しい命に導かれるのです。

2018年5月26日 (土)

5月20日 ペンテコステ 「故郷の言葉」

五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。さて、エルサレムには天下のあらゆる国から帰って来た、信心深いユダヤ人が住んでいたが、この物音に大勢の人が集まって来た。そして、だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられてしまった。人々は驚き怪しんで言った。「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。」  (使徒言行録2章1~8節)

 自分が生まれ育った故郷の独特の言葉には、懐かしさ、親しさ、あたたかさを覚えます。しかし、故郷の言葉が痛みや悲しみをもたらすことがあります。先住民や植民地の民族の先祖伝来の言葉が奪われ、抑圧・差別をこうむってきた歴史があります。本来、人と人との間をつなぐはずのことばが、人を隔てしりぞけるしるしとなり、癒しがたい痛みをもたらすのです。
 新約聖書の時代のユダヤでも、ことばの問題は複雑でした。旧約聖書はヘブライ語で記されていますが、ユダヤ人の日常生活ではアラム語が使われていました。諸民族がいりまじる都市では共通語としてギリシア語、また支配者ローマのラテン語も用いられていました。都エルサレムには、他国に移住したユダヤ人の子孫で祖国に帰ってきた人たちも多くいましたが、彼らは生まれ育った現地の言葉やギリシア語を用いていて、地元のアラム語には不慣れの人も多かったでしょう。田舎のガリラヤから来ていた主イエスの弟子たちにとって、彼らは遠く隔たった存在でした。
 しかし、五旬祭(ペンテコステ)の日に、弟子たちに「舌」つまり「言葉」が与えられ、語りだしました。それは、エルサレムに来ていた人たちにとって、なつかしい「故郷の言葉(8節)」でした。これによって、ことばで隔てられていた人々が、ことばと心を通わせたのです。それが聖霊の働きでした。
 神の力、聖霊は、隔てられていた人々を新しい関係、交わりで結びます。そうやって教会という共同体が生まれ、さらに新たな人をそこに結び合わせていくようになります。
 しかし、聖霊の力は、教会だけに限定されているのではありません。教会から地域へ、そして隔てられた悲しみや痛み、対立を抱えた世界で聖霊が働き、人と人が新しい関係、交わりに生きることになるよう祈り求めましょう。

2018年5月12日 (土)

「ステファノの死」 5月6日

ステファノは聖霊に満たされ、天を見つめ、神の栄光と神の右に立っておられるイエスとを見て、「天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える」と言った。人々は大声で叫びながら耳を手でふさぎ、ステファノ目がけて一斉に襲いかかり、都の外に引きずり出して石を投げ始めた。証人たちは、自分の着ている物をサウロという若者の足もとに置いた。人々が石を投げつけている間、ステファノは主に呼びかけて、「主イエスよ、わたしの霊をお受けください」と言った。それから、ひざまずいて、「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」と大声で叫んだ。ステファノはこう言って、眠りについた。
サウロは、ステファノの殺害に賛成していた。その日、エルサレムの教会に対して大迫害が起こり、使徒たちのほかは皆、ユダヤとサマリアの地方に散って行った。しかし、信仰深い人々がステファノを葬り、彼のことを思って大変悲しんだ。一方、サウロは家から家へと押し入って教会を荒らし、男女を問わず引き出して牢に送っていた。 (使徒7章55節~8章3節)

 教会の歴史上最初の殉教者とされるステファノは、教会の責任を担うように選ばれた信仰と聖霊に満ちた人でした。さらに、すばらしいしるしを行い、批判を論破する知恵と力も備えていました(6:5、8,10)。教会の信頼を集め、これからを担う指導者として期待された希望の星だったでしょう。
 ところが、教会に敵対する人々はステファノを捕え、「神殿と律法を冒涜した」として、ついにステファノを殺してしまったのです。
 ステファノの死は、教会にとって大きな衝撃であり打撃でした。キリストへの信仰が命の危険をもたらすものとなっただけでなく、期待されたリーダーを失い、教会もちりぢりとなりました(8:1)。これまで発展をとげてきた教会は、はじめて大きな挫折を味わったのです。
 ステファノはもちろん神にそむいたわけではありません。聖書は、ステファノが神の栄光を見ていたことを記しています。ステファノは間違ってはいませんでした。しかし、神はステファノを守ってはくれなかったのです。
正しく信じ、神を見ていたのに、信仰者が脅かされ、教会が挫折する時があります。教会はくりかえしそういう恐怖と挫折に直面してきました。しかし、神はすぐにそれを助けてはくれないのです。
ステファノが死に、教会がちりぢりになっても、教会は滅びませんでした。それによってかえって福音が広められ(8:4)、そしてステファノの死に立会った若者サウロが、後に使徒パウロとしてキリストの福音を伝えるようになります。主は、そのようにご自身のみわざを成し遂げるのです。
 死に臨んだステファノは、主に自分自身をゆだね、また目の前の人々を愛してゆるしを願いました(7:59~60)。私たちも、教会の困難の中でも、神を信頼し人を愛する信仰をまっとうできることをこそ、祈り願いましょう。

2018年4月28日 (土)

「主の山に登ろう」 4月22日

アモツの子イザヤが、ユダとエルサレムについて幻に見たこと。
終わりの日に
主の神殿の山は、山々の頭として堅く立ち、
どの峰よりも高くそびえる。
国々はこぞって大河のようにそこに向かい、多くの民が来て言う。「主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。
主はわたしたちに道を示される。わたしたちはその道を歩もう」と。主の教えはシオンから、御言葉はエルサレムから出る。
主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。
彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。
国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。
ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう。
                        (イザヤ書2章1~5節)

 昨年度、教会の主題を「共に生きるために」と掲げました。その前の年の主題「40年のその先へ、共に」をひきつぎ、「他の諸教会と連帯して共に歩む」「この社会で弱くされた人々と共に課題を担う」といった意味をこめて定められた主題です。
 けれども、近年の教会を振り返ると、急激に礼拝出席者数が減っています。年齢を重ねると共に、健康の衰えや生活の変化によって集うことが困難になってきた方が増えているのです。教会に集えない寂しさやつらさ、不安や孤独がつのるにつれ、教会そのものが、主の共同体として共に生きることがますます大きな課題となってきているのです。
 教会という共同体の中心になるのは礼拝です。礼拝について、聖書はもちろん多くを教えています。
 イザヤ書2章には、礼拝についての美しく力強い幻が語られています。いつの日か、世界中の民が主の礼拝に集い、もはや人々の隔てや対立は無くなるという主の平和の道がもたらされるのです。
 イザヤがこのことばを語ったのは、エルサレムを都とするユダ王国がアッシリアに圧迫され、滅亡の危機に直面した時代でした。弱く小さくされ、困難や不安を抱えている神の民に、それでもやがてこの主の山に諸国の民が隔てなく集まり、神の示す平和の道を歩むようになるという希望が示されたのです。その神のことばは、決してむなしくは終わりません。
 今、私たちも、この希望のことばを心にとめましょう。私たちが弱く小さくされ、孤独や不安に迫られているとしても、みんなが主の山、礼拝の場を望み見て、共に集い、主の示される平和の道を共に歩むものとされるのです。この希望に導かれて歩みましょう。

2018年4月21日 (土)

4月15日 「持っているもの」

ペトロとヨハネが、午後三時の祈りの時に神殿に上って行った。すると、生まれながら足の不自由な男が運ばれて来た。神殿の境内に入る人に施しを乞うため、毎日「美しい門」という神殿の門のそばに置いてもらっていたのである。彼はペトロとヨハネが境内に入ろうとするのを見て、施しを乞うた。ペトロはヨハネと一緒に彼をじっと見て、「わたしたちを見なさい」と言った。その男が、何かもらえると思って二人を見つめていると、ペトロは言った。「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」そして、右手を取って彼を立ち上がらせた。すると、たちまち、その男は足やくるぶしがしっかりして、躍り上がって立ち、歩きだした。そして、歩き回ったり躍ったりして神を賛美し、二人と一緒に境内に入って行った。民衆は皆、彼が歩き回り、神を賛美しているのを見た。彼らは、それが神殿の「美しい門」のそばに座って施しを乞うていた者だと気づき、その身に起こったことに我を忘れるほど驚いた。  (使徒3章1~10節)

 生まれつき足の不自由な男が、エルサレムの神殿の門のそばで物乞いをしていました。毎日、彼をその場所に運んで来ていたのは、誰だったのでしょうか。神殿に来る善男善女が彼の姿に同情して施す金銭の上前をはねるのが目的だった可能性は少なくありません。男を、金銀を得るための道具として利用し、身動きできない彼をしっかり管理して毎日かせがせていたのではないでしょうか。彼がどんなに金銀を得たところで、そうした境遇から解放されることはないのです。
 私たちの目の前の現実も大差ないかもしれません。働く者は、ただ利益をえるための道具として連れてこられてそこに置かれ、身動きもできないまま管理・束縛されているのです。
 通りかかったペトロとヨハネは、男に「持っているものをあげよう」と告げます。「持っているもの」とは、「イエス・キリストの名」のことでした。この後、くりかえし、「イエス・キリストの名」が問題とされます(3:16、4:7,10~12)。弟子たちは、キリストの名を帯びていました。彼らを通してキリストがみわざをなされます。それが、彼ら、教会が「持っているもの」なのです。
 そのキリストの名によって、身動きできなかった男が自分の足で立ち、自分の歩みを始めました。金銀を得るための道具としての束縛から解放され、大いに喜び、生まれて初めて踊り、神を賛美し礼拝するものとなったのです。
 教会には、お金はありません。しかし、持っているもの、キリストの名があります。わたしたちには、イエス・キリストがついているのです。キリストは、人を金銭の支配から自由にし、自分の人生を歩む喜びをもたらします。わたしたちの「持っているもの」を、どうやって分ちあっていくことでしょうか。

2018年4月14日 (土)

4月8日「離れないで」

イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。そして、彼らと食事を共にしていたとき、こう命じられた。「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられるからである。」
(使徒1章3~5節)

 これからルカ福音書の続編である使徒言行録を読んでいきます。
 使徒言行録は、主イエスがよみがえった後、弟子たちに現われたと述べるところから始まります。これは、どこで起こったことだったでしょうか。
 ルカ福音書以外の三つの福音書は、いずれも復活された主が弟子たちにガリラヤで現われることを述べています。ところが、ルカ福音書とその続編の使徒言行録では、ガリラヤのことが記されません。弟子たちはずっとエルサレムにいて、そこで復活の主と出会ったように書かれています。
 主イエスも弟子たちもガリラヤの出身です。主は、ガリラヤでその活動を始め、ガリラヤでは多くの人々が主に従いました。エルサレムに乗り込んだ主イエスが殺された後の弟子たちにとって、ガリラヤに戻ってそこで生きておられる主に再会することは、かつて主が教え働かれた原点に戻って再起する、という意味があったことでしょう。
 いっぽうエルサレムは、主イエスを殺して葬り去った恐ろしい場所です。この後も、エルサレムの人々がキリストの福音を妨げ、弟子たちを弾圧する場面が繰り返されます。弟子たちにとってエルサレムは、敵意に満ちた危険な場所であり、恐れと不安にさらされるところでした。
 しかし、使徒言行録は「エルサレムを離れず、父の約束されたものを待ちなさい(3節)」という主の命令から始まります。かつてガリラヤで教えられたことを思い出しながら(24:6)、しかし懐かしい過去に戻るのではなく、危険と恐れに満ちた今の現実から離れず、未来の神の約束の実現を待つよう促されるのです。
新年度を迎えました。これからに不安を覚えるでしょうか。それでもこの現実を離れず、ここに成し遂げられる神のみわざを信じ待ち望みましょう。

2018年4月 7日 (土)

4月1日 イースター 「はじめの日」

一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。二人も、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。(ルカ24章28~35節)

 ユダヤでは、毎週土曜の安息日にはいっさいの労働をせず会堂で礼拝することを大切にしていました。ところが、キリスト教会は、安息日の礼拝を捨て、日曜日つまり「週の初めの日」に礼拝を行うようになります。「週の初めの日」が、主イエス・キリストの復活の日だったからです(ルカ24:1)。
 ルカ福音書には、「週の初めの日」に起こった印象的なできごとが記されます。この日、エマオへ向かっていた二人の弟子たちに、よみがえった主イエスが道連れとなって歩み始め、ご自身について聖書から解き明かしますが、二人は気付きません。続いて食事の席で主イエスは「パンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった」(30節)のですが、このふるまいは、五千人にパンを与えたとき(9:16)、そして最後の晩餐のとき(22:19)と同じです。このとき弟子たちは、主イエスが共にいることを悟ったのです。
 教会では、週の初めの日ごとに礼拝が行われます。礼拝では、主イエス・キリストについて聖書から説き明かしを聞き、またパンを分かちあっていただく聖餐が行われます。この、ことばで解き明かし、聖餐をいただくという礼拝は、あの、エマオへの道でなされたことと同じです。実際に聖書から語ったりパンを分けたりするのは集まる中の誰かですが、しかし、そこに見えないけれど確かに主イエス・キリストが共にいてくださることを、教会はくりかえし味わってきたのではないでしょうか。
 週の初めの日、日曜の礼拝は、毎回が小さなイースターです。生きておられる主に出会い、伴われて歩みはじめる、はじめの日です。きょうは、週のはじめの日であり、また4月のはじめの日、そして新年度のはじめの日です。生きておられる主に伴われて歩み始めましょう。

2018年3月24日 (土)

3月18日 「仕えるキリスト」

また、使徒たちの間に、自分たちのうちでだれがいちばん偉いだろうか、という議論も起こった。そこで、イエスは言われた。「異邦人の間では、王が民を支配し、民の上に権力を振るう者が守護者と呼ばれている。しかし、あなたがたはそれではいけない。あなたがたの中でいちばん偉い人は、いちばん若い者のようになり、上に立つ人は、仕える者のようになりなさい。食事の席に着く人と給仕する者とは、どちらが偉いか。食事の席に着く人ではないか。しかし、わたしはあなたがたの中で、いわば給仕する者である。あなたがたは、わたしが種々の試練に遭ったとき、絶えずわたしと一緒に踏みとどまってくれた。だから、わたしの父がわたしに支配権をゆだねてくださったように、わたしもあなたがたにそれをゆだねる。あなたがたは、わたしの国でわたしの食事の席に着いて飲み食いを共にし、王座に座ってイスラエルの十二部族を治めることになる。シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」(ルカ22章24~32節)
 今日の箇所は、主イエスが捕えられる直前、「最後の晩餐」の席上で使徒たちに語ったことばです。それは、「最後の晩餐」を聖餐として覚えてそこに連なっている、のちの教会にむけられたことばでもあります。
 26節の「いちばん若い者」は、「いちばん新しい者」「新人」という意味でもあります。また「仕える者」は、27節の「給仕する者」と同じ「奉仕者」という意味の単語です。
ルカ福音書が書かれたころ、教会はあるていど発展し、秩序が形作られ始めていました。使徒やベテランの信徒が敬われ、キリストに仕える礼拝が献げられていました。しかし、ここでは、主ご自身のことばとして「教会で、偉い信徒は信仰に入ったばかりの新人のように、上に立つ人は食事の給仕に仕える人のように」と告げられ、また主キリストご自身が、仕えられる方ではなく、仕える者、奉仕者であると告げられるのです。
 28節も、最後の晩餐の時点にはそぐわないことばです。主の十字架の試練の際には踏みとどまることができなかった弟子たちでしたが、後には、主の試練・苦難のゆえに、迫害や弾圧にも踏みとどまる教会として成長していきます。なぜそのように信仰を深く 堅くすることができたのでしょうか。
 主イエスは、続けてシモン・ペトロに、「あなたのために、信仰がなくならないように祈った」と告げます。主の十字架の際には、主を捨て、踏みとどまることができなかったシモンでした。しかし、主が祈り、支え、その奉仕によってシモンは立ち直るよう導かれ、皆を力づけるようにもなったのです。
 わたしたちの信仰は、主イエス・キリストご自身の奉仕によって支えられ、ているのです。私たちに仕え、給仕してくださる主からの糧を、感謝をもって受けとめ、味わいましょう。

2018年3月17日 (土)

「不安と恐れの中で」 3月11日 東日本大震災記念礼拝

「それから、太陽と月と星に徴が現れる。地上では海がどよめき荒れ狂うので、諸国の民は、なすすべを知らず、不安に陥る。人々は、この世界に何が起こるのかとおびえ、恐ろしさのあまり気を失うだろう。天体が揺り動かされるからである。そのとき、人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを、人々は見る。このようなことが起こり始めたら、身を起こして頭を上げなさい。あなたがたの解放の時が近いからだ。」 (ルカ21章25~28節)

 東日本大震災から7年がたちました。さまざまな支援の働きも縮小・終結しています。震災はもう終わり、復興がとげられているのでしょうか。
 昨年秋、被災地の現状を見てきました。沿岸部では、土地のかさ上げや堤防の建設といった大規模工事が延々と行われています。しかし、人の住まう賑わいはなかなか見えません。「復興住宅」に入居しても孤立して希望の見出せない人たちがいます。震災の遺構として保存されている建物では、7年前のまま時が止まったようです。震災は7年たっても終わってはおらず、継続中なのです。人々は、これからどうなるか、なお不安を抱え、恐れているのです。
ルカ21:25~26のことばが重なります。主イエスは、ユダヤの人々の信仰と希望のよりどころである神殿が崩壊すると告げました。ユダヤは滅び、世界が変調を来たし、人々は恐れおびえるというのです。
 実は、ルカ福音書が書かれた当時、これらの恐ろしい事態はすでに現実となっていました。ローマ軍によってエルサレム神殿は破壊され、人々は世界に何が起こるかとおびえ、不安と恐れの中にありました。
 ところが、このとき、思いもよらないことに「身を起こし、頭を上げなさい。解放の時が近い」(28節)と告げられます。「解放の時」が、具体的にどういう時なのか、それがどれくらい近いのか、ほんとうに確かなのか、どこにそんなきざしがあるのか、わかりません。それでも主のみことばは、不安におびえてうずくまり、頭を抱える人々に「身を起こし、頭を上げよ」と促すのです。ルカ福音書の最初の読者たち、当時の信仰者たちは、恐れと不安の中で、この促しをどう受けとめたでしょう。そして今、わたしたちは、このみことばを、受けとめることができるでしょうか。

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